トップページ >That's学 > はじめて物語

 はじめて物語

 

 

車内広告第1号は乗り物酔い止め薬だった
ヨーロッパ、アメリカを経て武士のユニークな名刺交換に
クリスマスカードの始まりはロンドン



車内広告第1号は乗り物酔い止め薬だった
   広告といってもテレビをはじめDM、POPなど多種多様ですが、その中でも注目度が高く、人々が接する時間が長いのが交通広告と言われています。特に車内広告は、通勤客が毎日のように目にするため広告効果が高いとか。確かに満員で読書も出来なかったりすると、ついボォーと広告を眺めたりしますね。
日本の車内広告の歴史は意外に古く、陸上を走る乗り物に初めて広告が掲げられたのは明治11年3月のこと。新橋―横浜間を走る車内に乗り物酔い防止の薬「鎮謳丹(ちんおうたん)」の広告が掲示されたのが第1号。その後、明治18年11月に東京鉄道馬車(後の東京市電)が、同じく34年12月には京浜電鉄がそれぞれ車内広告を始めました。各私鉄が積極的に取り入れたのとは反対に、意外に定着が遅かったのが国鉄。第1号を掲示してから数十年。昭和2年になってやっと私鉄と同様に常時扱うようになったとか。
ちなみに中吊り広告の中でも特に効果的なのが地下鉄。窓から景色が見えない分、より中吊りへの注目度が高く、週刊誌のような販売期間の短いものに最適だそうです。

ヨーロッパ、アメリカを経て武士のユニークな名刺交換に
   日本のサラリーマンの大切な小道具、名詞。この起源として最も現在のスタイルに近く、ルーツとして定説になっているのが16世紀ドイツ発詳説。当時イタリアに留学していたドイツ人青年が、帰国前にお世話になった人々に挨拶に行き、不在の家には自分の名前を書いた紙片を残しました。この訪問者カードがイタリアやアメリカで流行したのです。日本で最初に名刺を作ったのは、1860年の日米修好通商条約批准文書交換のため咸臨丸とともに渡米した幕府使節団、新見豊前守正興、村垣淡路守範正、小栗豊後守忠順の3人で、桑の実を薄く削った幅約9cm、長さ約18cmという板状のものに氏名を日本語と英語で書いたものだとか。紋付袴にチョンマゲ姿の名刺交換は、今の感覚でいうとちょっとユニークかもしれませんね。

クリスマスカードの始まりはロンドン
   秋も深まるとどんなクリスマスカードを誰に送ろうかと悩みはじめる方も多いのでは?このクリスマスカードの起源については色々説がありますが現在のところ「ホースレー」のカードが最初だと言われています。これは1843年、ロンドンのビクトリア&アルパート美術館の初代館長、ヘンリー・コールが、画家であるコールコット・ホースレーに描かせたもので、真ん中に食卓を囲んだ楽しそうな家族、その左には貧しい人々に食を与えている絵、右には同じく衣類を与えている絵が描かれています。横13cm、縦8.2cm。堅めの紙に初期のリトグラフで印刷されたこのカードは、全部で千枚印刷され発売されました。1955年には復刻版が作られ、イギリスでは毎年、この複製カードが売りに出されてるそうです。
         10 11 12 13 14 15 16
前のページに戻るこのページのトップへ