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 はじめて物語

 

 

ドレミファソラシドを作ったのは、意外にもイタリア人
ちょっと意外?250年以上もドーナツに穴は開いていなかったんです。



ドレミファソラシドを作ったのは、意外にもイタリア人  
   ドはドーナツのド、レはレモンのレーというのは「サウンド・オブ・ミュージック」の「ドレミの歌」。もちろん、本当にドがドーナツのドではありませんが、この歌と同じように歌の各節が一音ずつ高くなった歌があり、それがドレミファソラシドの元になりました。その歌は「バプテマスのヨハネ賛歌」歌は、各節が順番に一音ずつ高くなるので、そのラテン語の歌詞の最初の音節がドレミのもとになりました。歌詞を紹介すると、「Ut queant Iaxis  Resonar fibris  Mira gestorum  Famili tuorum  Solve Polluti  Labii reatum  Sancete Johannes」後に、口調をよくするためにutはdoに、第七音はSancte Johannesは、聖ヨハネのフランス名Saint Ianからsiとなりました。こうしてドレミファソラシドは誕生し、従ってこの歌をつくった11世紀のイタリア人、グィードがドレミファソラシドをはじめてつくった人ということになったのです。

ちょっと意外?250年以上もドーナツに穴は開いていなかったんです。
 

 たっぷりの油で揚げるドーナツは、16世紀にオランダで作りはじめられ、オイルをたくさん含んでいることからオイル・ケーキと呼ばれていたそう。その後、アメリカでもくるみほどの小さくて丸いオイル・ケーキが作られるようになり、ニューイングランドでは、くるみのようなケーキ(ドー=練り粉・ナッツ=くるみ)という意味で「ドーナツ」と名付けられました。しかし、この時点では、まだ穴は開いていなかったんです。
はじめてドーナツの中心に穴が開いたのは19世紀の前半。ペンシルヴェニアとニューイングランドで別々に、しかも同時期に穴のあるドーナツが考案されたとの事。それは表面積が大きくなれば揚げむらが少なくなるという、いたって現実的な発想からですが、1847年、ドーナツに穴を開けたニューイングランド地方の軍人、ハンツ・グレゴリーは、この功績により、故郷のメイン州ロックポートに彼のブロンズの銘板が掲げられているとか。一方、ペンシルヴェニアの方は、この地方に住むオランダ人が同じ理由からドーナツに穴をあけたとのことですが、こちらは特に何かを貰ったとか誉められたとかの記録は残っていません。それどころか、名前ではなくペンシルヴェニア・ダッチとしか記されていないのは州によっての違い(ニューイングランドの人々はドーナツが大好きだった?)かも。

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