ホームページの星

 

「KHP〜Kure's Home Page〜の真実」若い人達へのメッセージ

 

今回はこの「ホームページ」について少し語ってみようと思う。

このホームページは1996年の12月にスタートした。はじめは本当に「自分が読みたいと思うだけのもの」で編成されたページで、コーナーも佐野元春レビューとコスプレ写真館くらいしかないページであった。

そのうちに「8bit NOW」がスタートし、その頃から読者の方からのメールがイッキに増えだし、私も「読者を意識したページ作り」というものに自覚的になっていった。とはいってもこのページは基本的には私の「オナニー」なので、見られる快感が増大し、ヒートアップしていった。という言い方の方が正しいかもしれない。

初めて書くことだが、その時期、私は会社を辞めた。子供二人を抱えていたが、労働条件が悪すぎたのだ。それに「まだ30歳だ。転職なんていくらでもある。」というB型特有の楽天的な考えもあり、私は気軽に無職になった。

私の考えは甘かった。就職の掲示板を見ても「30歳まで」の募集がほとんどで、仮にあっても「手取り14万円から」という、とても今の家族を養えない条件ばかりであった。

「これほどまでに景気は悪化していたのか…」

後悔してみても後の祭りである。我慢して仕事を続けるべきだったか…。悩む夜は毎晩続いた。そうして私はいつからかハローワークに行くのを止めてしまった。行ってみたところで代わり映えのない掲示ばかりだったからである。

その日から私は一体どうしたか…。

ホームページ制作に没頭したのである。

朝から晩までのめり込むようにしてホームページ作りに明け暮れた。毎日が怒濤の更新である。「我が妻との闘争」もスタート。「雑文の匣」も開設させ、それぞれ良い反応のメールが届いた。無職なのに呑気なものである。

今は私が働き出し、私のコミュニケーション不足でいつしか自然消滅してしまったが、ホームページ制作集団「アミーゴ」というグループも持ち、創造する喜びも共有した。

嫁は怒り狂った。先の見えぬ生活。決まらぬ就職。私はネタを考えるためにドライブに出掛け、本屋へ立ち読みに行った。それらは「ハローワークに行ってきた」と称してだ。

最高のホームページを作るんだ。まだ足りない。まだ俺は何か出来るはずだ。自分の才能を試してみろ。

熱病にうなされたかのように「珠玉の四コマ劇場」を立ち上げ、「バカペラの世界」をもオープンさせた。

気が付けば無職になって7ヶ月も過ぎていた。それに比べアクセス数は伸びていった。「もっと更新したい。もっと何かを生みだしたい。」

嫁がある日、ポツリと私に告げた。来週で米を買う貯金すらなくなる。というのだ。

辞める前に貯金しておいた250万円は、7ヶ月間で簡単に底を突いた。

今でも我が妻との闘争の大半のシーンは、この時のことが主に描かれている。

子供の頃、まさかこんなことになる人間になるなんて思ってもみなかったよなぁ。私は深夜ひとりで就職先がない現実に絶望し、苦笑した。一家で首をくくらねばなぁ…。

両親に頭を下げて50万円借りた。就職をさがすフリの毎日は終わり、私は真剣になって仕事を探した。そうして始末すればなんとか子供二人を養える仕事を見つけ、なんとか就職が決まった。その同じ月、マックピープルの編集部から「連載してみませんか?」というオファーが来た。

四六時中、ホームページ制作に没頭していた時期の成果が出たのだ。

このページの主要な大半の骨格や基盤は、この無職の7ヶ月間時代に出来たものばかりである。今は、その基盤に沿って拡大再生産しているだけにすぎない。

人間、追い込まれて何かに打ち込めば、何か力が出るものなんだな。というのがこの時の体験からの感想である。

若い人に聞いてもらいたい。今、日本の景気は悪い。中高生の実態は知らないが、親などから「勉強しとかないと仕事がないよ」みたいにして、プレッシャーにまみれ、ゴールがあるのかないのかさえわからぬ先の見えないマラソンをしているようで、押し付けられた毎日を送っている人もいるかもしれない。

最近、どう感情移入してみても理解できない児童の犯罪が目立ってきている。若人よ。君たちには私に比べ遥かに時間がある。夢を追いかける希望も余裕もない国だが、そのムシャクシャした気分を余った時間を使って「創造」する力に変えてみてはどうだろう。

別に私は「成功している」とは思っていない。連載を取っ掛かりにして作家になって…、みたいな野望もない。仕事しながら人に隠れてコソコソと活動するのが性に合っているようだ。人間としては「二流」の部類に入るのだろう。

今、私が毎日シンドイ仕事をしながら月々の雑誌連載を頑張っているのは、男に生まれたからには何か世の中に足跡を残したい…。という思いの一点である。こんなオヤジでも何かできたのだ。

いろんなサイト論があるが、私にとってホームページとは「己をスパークさせる場所」としか言い様がない。

若人よ。君らには私より時間がある。可能性もある。欲求不満を弱いものイジメや小動物をいたぶることで解消するな。創造するんだ。今は君の可能性もインターネットという素晴らしいツールで多数の人に見て貰える。飛躍できるチャンスはいくらでもあるのだ。

本物を目指せ。技を磨け。どうせやるならオリジナリティを極めろ。誰かの模倣ではなく自分自身を探求する心の旅に出てみろ。「オッ、この技法オイシイなぁ。いただき。」と人に言われるくらいになれ。

そうして軽い気持ちでやっているサル真似野郎には、自信を持ち上から見下ろしてこう言ってやれ。

「グッバイ、フォロワー」

と。

就職先もなく貯金ゼロの状態で世間や世の中にひねくれてしまっていたら、私は今どうなっていたかわからない。ひねくれて暴力や犯罪に走っていた可能性が無くもない。あの時、どうしようもないダウンな気分を「よりよいページを作りたい」という想いに転換したからこそ、何か少し光るものがあって雑誌社が拾ってくれたのだろう。

若人よ。世間は暗いが結局は「自分」だ。自分が何をどうするかなのだ。

人よ、決してダークサイドに堕ちることなかれ…。

2003.7.10