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駄菓子屋
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| 世間では今、環境ホルモンの影響やら何やら、”体にやさしい”をキーワードに 各社の健康食品競争は熾烈な争いを繰り広げている。
例えば食品ではないが、タバコ。 新製品は低タール、低ニコチンを売りにして新しく出るタバコは1mgだの煙が少ないだの、試しに買って吸ってみたら、これまた鼻水が出そうな程軽く「これなら線香の煙の方が効くぞ」などと思いながらしかし捨てるのは勿体なく、仕方なしにフィルター部分にセロテープをグルグル巻きにしてニコチンが逃げないよう注意して吸ったりするのであった。 やはり現代人の体力や抵抗力は低下しているのか? タバコを吸い始めた時、「ハイライト」というタバコを試しに買ってみた。名前の通りにいけばHi-Light。スンゲー軽くて吸いやすいぜ。ということになるのだが、試しに開けて1本吸ってみると、これが耳からタールが流れ落ちそうなくらい濃いのだ。(※私基準) この時「ひと昔前の人は、この濃度でライトだったのか?」と愕然としたことを憶えている。 ジュースでもそうだ。各社「なんとかの天然水」だの、500mlにレモン汁2.3滴垂らしただけのような、水に近いジュースが大モテだ。 私が子供の頃は、そのような飲み物など無かった。今では自動販売機で”ウーロン茶”などはあたりまえだが、販売機でお茶が出だしたのは、わずか10年程前くらいの話で、当時は 「100円入れてお茶を買うなんて・・。」と、真剣に思ったものだ。 どうせ100円入れて飲むなら!と意固地になってビン入りのプラッシーやスコール。ミリンダなどを飲みまくった。コーラの王冠の裏には昔スーパーカーの絵が書いてあり、「もしや」と思ってスコールの王冠の裏をめくってみるのだが、これがコルクみたいでやたらめくりにくく、また、アロンアルファでくっつけたかのような抜群の粘着力で、コインやら小学校の名札を外して安全ピンを使って必死になってめくってみると、やはり絵はなにもなく、疲労感だけ残った。 というのは、子供の頃ならよくある話だ。 なんせ着色料バリバリ飲料が常識であったのだ。 今思えばコワイのだが、近所の駄菓子屋では透明ビンに何もラベルが貼っていない(多分、自家製)透明炭酸水が売っていた。当時60円でミリンダサイズだ。 下校時、友達と試しに買ってみると、それは凄まじい炭酸の含有率であった。 いったい日本での適性な炭酸飲料の炭酸含有率はいくらが基準値であるのか知りたいところだが、それはもう味とか爽快感とかいうレベルの問題ではなく、胸を焦がすというか、ろっ骨が溶けていきそうというか、 実際、自転車を降り、胸をおさえたくらいだ。 説明すれば、ドラゴンボールでの孫悟空が ”超神水” を飲んで、のたうち回る図 を想像していただければよろしい。 もちろん一口飲んだだけで危険を感じ取った我々は、駄菓子屋の前の溝に残りを流してしまうのは当然の成り行きであった。それをカウンター越しに見る無表情な駄菓子屋のオバちゃん。 手塩にかけた我が子とも言える自家製ジュースを、目の前で垂れ流される気持ちは想像もできないが、あの炭酸の濃度は、サービス満点などと勘違いしてもらったら困るわけで、 「オバちゃん。レッドカード」と今でも言いたい。 駄菓子屋は子供の情報ネットワークの中枢であった。1日100円の小遣い全てを駄菓子屋につぎ込んだ。であるからして午後には文無しである。 そういう”コオロギさん”の私と違って、”アリ”の弟はコツコツと貯めて、月の最後には大きめなプラモ”イマイのロボダッチ”とか、”シャア専用ゲルググ(800円の大きい方)”とか買えていた。 羨ましすぎるので、「せめて部品外すだけでもさせてくれや」などと兄の威厳もなく懇願し、つめ切りで、プラモの部品を切り取るのであった。 幼き頃の駄菓子屋の思い出。まだ朝の6時半。夏休みの真っただ中でヒマを持て余しまくっていた小学生の私。 スズメがまださえずっている時間だ。その静寂を打ち破る駄菓子屋のガラス戸を叩く私の手。 私「オバちゃーん。開けて〜。開けて〜な〜。」 眠い目をこすりながらパジャマのまま、頭にはネットをかけてオバちゃんがガラス戸のカギを回して開ける。オバちゃんは予想外の早起きで不機嫌なせいか無言だ。 私「オバちゃーん。チョコバットの”ヒット”3枚たまったから1本ちょーだい。」 私はオバちゃんを差し置いて店に入り手早くブツを取る。 私「なっ。ちゃんと3枚あるやろ?ほなありがとー。」 素早く帰る私を見ながら、オバちゃんは茫然自失である。 早起きさせて、引き換えだけかいな! と怒ったことであろうが、若気の至り!これは勘弁願いたい。 |
完
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