小学校の思ひ出

 

小学校の思い出は数多くあるが、腹がよじれる程おかしかったことは?と聞かれて真っ先に思い出すのは”長西君”の思い出だろう。

その日の体育の授業はスキップの練習であった。先生が前方20mくらい先に腕を組んで立ち、

「よーし横一列に並べ!」

の掛け声とともに、男子生徒は横に10人ほど整列する。

笛の音とともに皆一斉にスキップで先生のところまで行くのだが、長西君はスキップができなかった。リズムというか、バランスというか、なんせ

足がつったような走り

であった。

授業後みんなが長西くんのところに集まる。

A「なんでスキップができないんだ?」

長「右足と左足が入れ替わる時のタイミングが掴めない。」

そんなのオマエ!といいながら生徒の一人は

「ターン・タ・ターン」

だろう。と言いながら実践するのだが、いざ説明が入ると

教える方も出来なくなっていて愕然とする。

私も同じであった。まずジャンプして短く着地し短いジャンプの後、足を入れ換える…。

でもダメだ。考えながらスキップしてはいけない。長西君は考えながらスキップしたから出来なかったのだ。

考えるな!感じるんだ!!」(by ブルース・リー)

の要領でないと絶対にスキップなど出来ない。あれは頭でなく体が覚えることだ。

体育の時間では”木村君”のクロールもクラスの話題を独占した。フォームももちろんムチャクチャなのだが(笑)、木村君のクロールは息つぎの時、

目が白目になっていた。

これは観ている方も怖かった。初めの5mくらいは皆笑っているがそれが20mも続くと、その木村君の気迫というか、執念というか圧倒されて夏の授業にもかかわらず背筋が凍りつくような寒さを感じたものだ。

その木村君は体育の時間でも大活躍だ。

卒業まで伝説となった木村君の棒高跳び。彼は努力家というかお調子者であった。

授業後棒を生徒が片づけている時、木村君が注文をつけた。

「1m50cmにしてみようか?」

小学校高学年とはいえ1m50cmは高すぎだ。当時私は1m10〜20cmあたりを飛んだのではなかったろうか? でももう木村君は一歩前に出ている。時間は休み時間に入っているので自由といえば自由だ。

生徒は興味もあり棒をセットした。

見た目にも結構高い。絶対に無理だ。

しかし木村君はその場で一回軽くジャンプして助走を始めた。

「どうするつもりだ?飛べる気でいるのか?」

猛烈にダッシュする木村君。スタイルは背面跳びだ。しかし木村君の体は奇麗に

バーの下を通過した!!

その先は砂場である。木村君は背中を砂場に叩きつけた。

かなり痛かったんだろう。砂場の真ん中でもんどりうっている。今考えればアブない話だ。なんでその時マットがなかったのだろう。1mの高さのベリーロールの練習だったからマットをしかなかったのか?

なんせマットはなく木村君は背中をしこたま打ち付けたのであった。

背中を打ち付けた時口をあけたのだろう。もんどりうつ木村君の口の周りは砂だらけであった。

授業ではまだベリーロールしか習っていなかったハズだ。木村君は背面跳びを知っていたのだろう。しかし成功したにしろ失敗したにしろ

木村君の口の周りは砂だらけになる運命であったのだ。

授業といえば音楽の時間の長西君もケッサクであった。その日は先生のピアノの伴奏に合わせて一人ずつ曲を歌う授業であった。曲目は”とんび”である。

長西君の番が来た。彼はしょっぱなからブッ飛ばしてくれた。

長「とーべとべとんび〜〜。」(※音出ます)

クラス中は爆笑の渦と化したのはいうまでもない。

先生「違うでしょ。とーべ”とおべえ”でしょ?」

注意を受けて長西君もコクコクと素早くうなずくのだがピアノの伴奏が始まると

長「とーべとべとんび〜〜。」(※音出ます)

に、どうしてもなってしまうのだ。

長西君は授業が終わっても居残りを命ぜられ、皆が教室から出るときも

長「とんび〜」

を続けていた。

スキップといい唄といい、長西君はリズム感が悪かったのであった。