ある事故


■■の駅の近くに、かつてラーメン屋があった。

そこは今では改装されてしまって別のチェーン店のラーメン屋になっている。

一度も入ったことはなかったが、黄色い看板に赤い文字の店名で、車で通りすぎる時でもなかなか食欲をそそられる店構えであった。

ある日そのラーメン屋の前を通り掛かった時、店が工事用の幕でかこまれて一種異様な空気に包まれていることに気がついた。

「何かあったのか?」

車が渋滞していたので、横を通る時にゆっくり見ることができたのだが、まず、店の窓ガラスが全部割れてはじけとんでいた

電気の灯っていない店内は真っ暗で火事を起こしたようである。そうして何よりも通行人を驚かせたのが店の屋根にぽっかりと

穴が開いている

ということであった。

ここで第二章に区切れば”島田荘司”ばりのミステリー。冒頭における神秘的な謎を有する本格ミステリーの定型なのであるが、この時はナゼ店の屋根に穴が開いているのか皆目見当がつかなかった。

火事で窓ガラスは割れるだろう。しかし屋根に穴は開くであろうか?

ヤンキーの暴走族集団が暴れて、店のガラスを子分が割り、中隊長が火炎瓶を放り込んで火をつけ、リーダーが屋根にのぼり、灼熱の炎の中ハンマーで屋根を打ち砕くというマッドマックス的展開も違うような気がした。

「どうしたらこうなるのか?」

道端にはまだガラスの破片が飛び散っており、惨事の大きさを物語っていた。焼けただれてひん曲がった窓のフレームが痛々しい。

翌日会社の人に聞くと、あの店の事件は新聞にも載った事件でそれはもう4.5日前の話。だということがわかった。

結構な人数があの店の異様な雰囲気を目撃していたのだが、誰ひとりとして屋根の件を説明できるものはいなかった。

それから数日後会社の中でも近所の情報通である同僚があの驚くべき事件の真相を語ってくれた。

だがその同僚はシャレが好きで、もしかしたら事件の全貌もネタかもしれないのだが、語る内容は破綻しておらず、「ううむ」と納得させられるものであった。

ここにその同僚の口ぶりで事件の真相を掲載してみようと思う。


あのな。あのラーメン屋があるやん。あの事故起こしたの、どうやら俺の弟のツレらしいんや。

 もちろんその男はクビになって今は無職らしいんやけど、電話で弟が事故の内容について話聞いたり、相談のったりしたんやって。だから俺詳しく知ってるわけなんやけどもな。

 チョット言うの恥ずかしいんやけど、俺の弟まだヤンキーやねん。髪とかも金髪に染めてな。皮ジャンとか着て夜の街ホロホロして未だにイキがってるんや。年は21なんやけどな。

 俺から言わせれば「ええかげん落ち着けよ」って言いたいんやけどな。まぁそういう悪い友達の部類やな。でもそういう男でも「いつまでもこんなんしとったらアカン」思うたんやろな。

 就職いきなり決まってな。弟も仲間そろえて祝いしたったらしいわ。その矢先や。あの事故は。

 そのツレの勤め先が「ガスボンベの交換員」やったんや。車で回ってな。契約してる飲食店なんかに定期的に訪れて、あの重ったいボンベをコロコローいうてころがしてな。交換する仕事や。結構ハードやったらしいで。

そのツレ曰く「先輩は運転席から出てきもせえへん」かったそうや。

 そいつまだヤンキー抜けてなかったから結構キレてたらしいわ。それでも先輩も同類や。年下が入ったら遠慮なくコキ使いよる。新人にボンベ変えさせて自分はノンキに車でタバコや。

 それで交換終わったら次の店に車走らすだけや。同じ給料で俺もチョットひどいなー思うたけど、そういう業界やったら当たり前なんかもしれんな。修業とか試練みたいにな。

 だから1日終わる頃にはヘロヘロになってるわけや。ヤンキーいうたってそのツレガリガリやったらしいし、イキがってるんやけどパワーないやつおるわな。シンナー吸うててパンチ一発で前歯飛ぶやつとかおるやろ?

話によれば疲れて腕もあがらん日もあったそうや。

そうして運命の日や。案の定先輩はツレを手伝おうともせえへん。ツレヘロヘロや。

 夏の熱い日にスタミナ使うがな。先輩は車内でクーラーあびてるから尚更やったろう。だから仕事の加減も手抜いてまうがな。それに悪いことは重なるもんや。

その日はオンナとデートの約束してて、そのツレもアセってたらしいわ。

 早よ仕事終わらしてムートン敷きの、タイヤ”ハ”の字になったような車でドライブ行きたかったそうや。でもその日は前半に体力使いきって指先も震えとったんや。最後の1本のボンベがどないしても外れへん。

ツレあせったがな。右に左にまわしてみてもホース抜けへんときとる。

だいたい指先に力入らへんねんから、強く固定したホースなんか抜けへんがな。

 そのツレもホース抜けへんし、デートの時間きよるし、しゃあないから先輩の車走ったんやと。ほんで窓ガラスたたいて先輩呼んだがな。

「あーん?」

 その時の態度、殺したろか思うたそうや。なんやこのガキ云う目で睨みつけてきたんやと。それでもデート行きたいし辛抱して低姿勢で頼んだそうやわ。

ほんならその先輩も薄情なもんや。

「抜けへんてオマエ。抜けへんかったら頭で考えろや。」

きっとその先輩も、昔先輩に同じ事言われたんやと思うで。

「ついに俺もこのセリフを言うまでになったか」

いうて感慨にふけっとったかもしれへんけど、相手見なアカンで。バリバリのヤンキー相手に谷底に子供を突き落とすような獅子のマネしたってムダや。

先輩は帽子を目深にかぶってこれ以上取りつく島もなしや。

こうなったらしゃーないがな。そのツレも自分で考えたがな。

 まず指先に力が入らへんねんから、まわしたり引っこ抜いたりするんは無理な話や。それでも先輩は”頭で考えろや”言うた。きっと同じ境遇に立たされて、考えて仕事終えたんや。あんなアホヅラにできてワシが出来へんことはない。

よう見たら接合部分は油やらなんやらでベトベトや。

このベトベトがきっと接着剤みたいになって、余計に抜けへん原因になっとるんや。

ほんなら一端ホースを切ってしもうたらエエんとちゃうのん?

よっしゃ。こうなったらもうホース切ろ。

ないか?なんか道具ないか?

おっ。ライターあったがな。

火やったらこのホースも楽勝で溶けるがな!!

そのツレは後で「まさかあんなことになるなんて」言うとったそうやわ。

ホース慎重に持ってライターに火つける。自分の方の元栓閉めとったんが幸いやったわ。

ジリジリジリいうて、ホースは火に弱いから溶けるがな。表面も黒くなってきたその瞬間や。

ヒュン

いうて、自分の真横をまるでF1が走り抜けたような音がしたらしいわ。その直後、

ボッカーン!!

いうて屋根思いっ切り飛んだがな。

 一緒にバリバリバリバリいうてもの凄い音して、店あわてて回り込んでみたら窓ガラス全部道路に飛び散ってるがな。

店からは火出るし、先輩はあわてて車から飛びだして、目真っ赤にして

「なにさらしとんじゃボケー」

いうとるし、もうこうなってしもうたらデートどころとちゃうがな。

 ツレはオロオロするばっかりやし、先輩やたらめったら怒鳴るだけやし、これだけ事が大きくなってしもうたら、このバカ2人ではとても収拾できるハズもないがな。

そないしよるうち消防車とかパトカー来て、もう大騒ぎやったらしいわ…。


いかがだったろう。元栓を閉めておいて大爆発が起きるか? ケガなしですんだのか? などツッコムべきところは至る所にある。

その店は当時経営難で、保険金目当てでワザとやった。というような黒い噂もあった。

そんなありふれた解決に比べたら同僚の話の方がよっぽど面白い。私はこの真相を気に入った。

思うのは、そのツレは今ごろどうしているのだろう。という事だった。

同僚の話が真実であるのなら、そのツレはこの先の人生で家でガス漏れがあった時なんか、いの一番に換気扇をまわし

あっけなく爆死しちゃうんだろなー。

なんて思ったりした。