怒る人


私は一年を通じてそれほど怒ることがない。

逆に一緒に生活している嫁さんは、なんだか年中怒っているような気がする。

何について怒っているのか思いだしてみたら、半分は私のホームページ更新作業についての批難とかであり、もう半分は、

「そんなことで何故怒る必要があるのか?」

みたいな、内容も思い出せない些細な理由による怒りである。

怒ることは滅多にないが、泣くことは30歳が近づくにつれ確実に増えた。

テレビ番組の「九死に一生スペシャル」なんぞ、ご飯時に滝の様に涙を流しながら見る。鼻水も一緒に垂れるので、炊き立てのご飯の味が塩味へと変ってしまうくらいだ。

これは子供の頃のクールな自分には、考えられない変化であった。

人の”生と死”なんかより、宇宙戦艦ヤマトの白色彗星の行方の方が気になっていた幼少の頃の私を、仮に今タイムマシンで連れてきたとして、「衝撃の映像スペシャル」を食事時に観ながら、レスキュー隊員が猛火の中に勇敢に飛び込み、呼吸の停止した子供を懸命に心臓マッサージし続け、見事死の淵から戻ってきた子供の姿を観て、

よっしゃ! よう頑張った! レスキューもよう頑張った!

と、箸を投げ出し涙ながらに拍手喝采を送る私の姿を見たら、どう思うであろうか?

「オヤジになったなぁ。」

幼少の頃のクールな視線を送るであろうか?

「感動しない人」という問題提起に対して、私は「自分は大丈夫だ」と安心しているが「怒らない中高年」というテレビ特集番組があったとすれば、多少”焦り”も出てくる。

「人は日頃どういう事で怒っているのだろう。」

改めて腕を組みながら考えてみる。

例えば、「自分の大好きなアニメ番組の中傷を見たとき」とか? うぷぷ。

これは当てはまりそうにない。

若者の間で急増中の「逆ギレ」現象ならどうか?

遅刻をしてきた生徒。「たるんどるぞっ!」教師の当然の忠告。その言葉に”逆ギレ”。

「授業料払ってるお客様に向かってその態度はなんだ!」

教師、4〜5人に囲まれてボコボコ。

改めてヒドイ時代だ。中高生くらいの年頃は大変ムツカシイ。

やはり”世代の違い”を痛感してしまう。

いつかコンビニでレジの順番待ちをしていた時、前に並んでいた4〜5人の中学生グループのリーダー格が発した「怒りの言葉」の意味が、未だに分からないままでいる。

現場の様子を再現してみると、

グループは髪の毛を金や赤色に染めていた。

グループは同じ系統のスタジャンを着用し、何かのチームのようであった。

そして今晩は誰かの家で「飲み会」を開催するらしく、オヤツを買いに来ていた。

レジを待ちながらも気持ちは宴会に突入しているらしく、言葉使いは悪いが、金髪の兄ちゃん達からは笑顔がこぼれ、

「不良っぽい格好をしているけど、かわいい笑顔するなぁ。」

と、ギャップに内心微笑んでいたその時、

リーダー格「おえ! これでオヤツ足る思うか?

ここまではリーダー格もまだ笑顔である。リーダーが見ていたのは一人だけ髪の毛の色が地毛のままの少年であった。

新入りなのか? それとも家が厳しくて毛染ができなかったのか?

理由はわからないが、その少年は少しオドオドした様子であった。

少年「じ、じゃあアメちゃんでも買う?」

その少年の言葉が終るか、終らないうちに、リーダーの目は充血し、



リーダー格「”アメちゃん”言うな! ボケー!」(店内怒号!

店内にいる私を含めて誰もが驚いたに違いない。

さっきまでのリーダーの笑顔は吹き飛び、ものすごい形相で少年を睨みつけるリーダー格。

少年は何故リーダーが怒っているのか皆目見当がつかない様子である。

人懐っこい笑顔から一変して、”つみき崩し”の迫力。



リーダー格「”アメ”に”ちゃん”つけるな言うとるんじゃ!

すさまじい気迫である。レジの女子店員の足がすくむ大声だ。言われた少年は、

「ゴ、ゴメンな。悪かったな。」

肩をポンと押せば、涙があふれそうな状態で平謝りである。

それから後は低い声で、内容は怒っているのだろうが、ブツブツと時折少年をつり上がった目で睨みつけ、店を出るまでそういうカンジであった。


なんでそこまで怒り狂う必要があったのか?


自分なりに帰りの車中考えてみた。同じ理由で自分ならそこまで怒らないだろう。

もしかしたらそのグループは、ポリシーのある硬派な集団で、リーダーも日頃から硬派に生き、自分の美学と違う行動や言葉に対して敏感になっており、少年の吐いた、

アメちゃん

というキーワードが、どうしても許せないレベル。

店内であろうとお構いなしに叫ぶレベルの言葉であった。という推論。これくらいしか思い付かなかった。

あの怒りの度合いは、自分のモノサシに換算すると「肉親を殺された」くらいの怒りようである。日常生活であそこまで怒ることは、まずない。

やはり世代ごとに”怒りの視点”も変化しているのだろうか?

今回「怒り」をテーマに駄文を書いてみたが、今朝嫁が私に告げた



今年はバレンタインチョコ買ってないけど、いいよな?

この一言が無意識的に創作の動機になっているのかもしれない。

それにしたって”静かな怒り”なのである。