最初に言いだした人って?

 

先日親父から「腰が痛むから銭湯に付き合え」とイキナリ電話があり、イイ歳ブッこいて親父と二人きりで銭湯に行くのもどうかと思ったが、その時私はヒマであったし、親孝行も生きているうちだと考えてシブシブながらも行くことを決めた。

湯上がり後、親父が私を見てニヤニヤしながら、

「オマエ、見事なくらい”社会の窓”が開いとるぞ。ゲボハハハ。」

などと一人で結構バカウケているのを聞きながら、社会の窓は全然面白くねぇが、その単語で未だに大ウケしてしまう親父の現実の方がよっぽどギャグであり、それでもなんでチャックの事を社会の窓などと言いかえるのか、帰りの車中に独り考え込んでしまった。

若者にまだ通じる言葉なのかわからないが、現代では使いに使い古されて死語になりつつあるであろう”社会の窓”。この言葉は本来照れ隠しのギャグとしてデビューしたのではあるまいか?

勝手に妄想させてもらえるなら、時は高度経済成長も真っ只中の昭和40年代。植木等のようなスーダラ社員が街を闊歩し、プッシュホンなど当然まだない黒電話の時代に、新しいビジネススタイルに乗り切れず窓ぎわへと追いやられた、うだつの上がらぬ古いタイプの人間。万年係長。

今日も彼は何も仕事を与えられず窓ぎわで「ボーッ」としている。

会社側も古くから会社を支えてきた人間をアッサリとクビにする事ができず、かといって古いタイプの人間に全権を任せてしまえばライバル会社に負けてしまうのは明白であった為、本人から辞表を出させるように仕組むのだが、辞めても今から新しい仕事を憶えるのは苦痛な訳で今日も万年係長は自分の机にしがみつくのであった。

そうなってくると経営者も自分で決めたクセに何もしない万年係長に対して当然の不満が鬱積し、怒る回数も自然と多くなる。

何でもないことにケチをつけて精神的圧迫を与え、会社に居づらくする戦法だ。

イスに踏んぞり返った社長は、なるべく視線を合わせないようにしてうつむいている万年係長を見つけ、そこらにいる若手社員全員に聞こえるように怒鳴りながら呼びつける。

一瞬”ビクッ”と肩を揺らす万年係長。しかし社長に呼ばれたら仕方がない。離れたくないイスから立ち上がりトボトボと歩きだす。

まわりで嘲笑う社員達。「また呼ばれてるよ。」「ああはなりたくないね。」

自分に対するイヤな噂は、雑音の中でもハッキリと聞き取れる。

係長「な、なんでございましょう。」

ジロッと睨みつける社長。別に怒ることなど何もないのだ。ただストレスを与えるためだけに大声で呼びつけただけであり、怒る内容はこれから考えるのである。

その時社長は怒りつけるネタを目ざとくも見つけてしまう。一日考え事をしているせいでウッカリしていたのか、万年係長はズボンのチャックが全開である。ここを攻めないハズはない。

社長「君っ! 君はいつもチャックを開けているのかね。我が社の係長ともあろうものがチャックを開けて仕事をしておる。これをもし、お得意様が見たら我が社の信用にかかわる重大な問題だ。どういうつもりかね。」

慌ててチャックを閉めてズボンのポケットからハンカチを出し、必死に額の汗を拭く万年係長。何か返事をせねば、何かウマイ事を言わなければ。極限まで追いつめられ頭の中が真っ白になりかけたその時、

係長「いやはや、”社会の窓”が開いておりましたとは…。」

これを聞いたフロアー全体が大爆笑。部屋中が揺れに揺れた。腹を抱える女子社員、イスから転げ落ちる新入社員、涙をながして笑う管理職、初めて耳にする、チャックを”社会の窓”に置き換えた斬新な表現。社長もあまりのオカシサに怒りを静め、万年係長を席に返す。

それでもフロアーの笑いはまだ収まらなかった。笑いながら営業に出ていく社員達、営業の先々で”社会の窓”の話をすると、その得意先でもバカ受け。今までよそに渡していた取り引きが急に決まる。

苦情の電話応対する女子社員がその話をすれば、電話先の顧客も腹を抱えて笑い転げ、気持ちよく電話を切る始末。

それで「これはイイ」ということで、その会社からネズミ講式に日本全国へ”社会の窓表現”が飛び火。誰もが大笑いする大ブームを巻き起こした。

そうしてその会社は業績も飛躍的にのび、当然日本で初めて”社会の窓”を口にした万年係長は生きた伝説と化す。そして”味の素”の粉が出る穴を少し大きくしただけで重役になったサラリーマン同様、「追いつめられて出た一言」のお陰で重役まで登りつめる。といったお話。

おう。そんなサクセスストーリー確か聞いたことがある。

という方がもしいらっしゃいましたら、ぜひ私にメールください。

(99.3.7)