アートデザイン株式会社

 

私はほとほと困り果ててしまった。仕事上の付き合いで「儲けさせてやるから」という言葉に釣られて”パンフレット作成”を引き受けてしまったのだ。

しかし私は一介のサラリーマン。確かにその仕事上の相手との会話で「昔マンガ家志望」であったことは告げたが、自分一人で印刷物を作成など出来るハズもない。

押し付けるだけ押し付けて納期は長くないらしい。私は家にあった”タウンページ”を開くと「デザイン会社」で検索をはじめた。

「アートデザイン株式会社」

その自信タップリの会社名が目に飛び込んできた。ここだ。ここに決めた。

私は資料の入った袋を抱え、慌てて家を飛びだした。

どうも胡散臭そうな事務所に辿り着いた。威勢のいいのは会社名だけで、会社というよりはプレハブである。こういうデザイン会社に足を踏み入れるのは初体験である。

入り口をくぐると事務所の奥に赤いベレー帽をかぶった細身の男が座っていた。

「ご、ごめんください。」

ベレー帽の男は最初は訝しげにこちらを見ていただけだが、私を客と認識するやいなやオーバーアクションでイスから立ち上がり顔には微笑みさえ浮かべこちらに歩み寄ってきた。

「ようこそ。ミーのデザインルームへ。」

私はどういうリアクションをとったらいいのかわからず、その場に立ち尽くしてその男を観察するより他はなかった。

デザイナーというには皆こういうものなのだろうか? 真冬でもないのに両手には指のところを切り落とした黒い軍手をはめている。ズボンは黒い超スリムなジーンズ。ルパン三世も真っ青な細さだ。そして服はみたこともないデザインだった。知りえる中で一番近いデザインといえば、ドリフの合唱団の服くらいしか思い付かなかった。

「あのー。パンフレットを依頼したいのですが、できますか?」

私は不安を隠しきれぬまま、その怪しげな男に尋ねてみた。

「なんでもオッケーよ。ミーはパンフ、ポスター、チラシ、カード、ジャケット、一通りこなせるアーティストなのよ。昔パリにも行ったことあるし、自家用車はカルマンギアよ。オペレートしちゃうマックも早いの揃えてるわ。貴方の感性に揺さぶりをかける作品を仕上げる自信有りよ。」

目茶苦茶怪し気である。言葉を費やせば費やす程深みにはまる怪しさだ。本当に納期までに出来上がるのだろうか? 信頼してもよいのだろうか?

「ちょっと納期がないのですが、実はパンフレットなんです…。」

「オー。パンフレットなの? 得意分野なのよね。で、内容は?」

「老人ホームのパンフレットです。」

赤ベレーは”老人ホーム”という単語を聞いた瞬間、一瞬にして興奮していた顔色が冷めてしまった。どうやら素材に対して不服らしい。

「あ、あの、まぁ世の中こんなに不景気ですが、今回依頼する仕事は予算もたっぷりとってあるということなので…」

”予算たっぷり”という単語を聞き漏らすハズもなかった。

「まぁ、なんていうのかしら。やっぱりここら辺って”ド”がつく田舎なのね。もっとアーティスティックなドメスティックでコケティッシュなパッションあふれるテーマコンセプトを持ったクライアントとお仕事したいところだけど、お急ぎでお困りのようですしチンケな仕事とは重々承知しつつも引き受けますわ。」

話している意味がまったくわからない。

「では希望なのですが、老人ホームということで、「安らぎ」とか「緑の木々」「花園」といったアットホームかつ無難な線で仕上げてほしい。という話でした。」

私は知りあいから聞いたそのままを赤ベレーの男に伝えた。こんな怪しい場所から早く帰りたい。

「お引き受けします。一週間後にまたお越しください。」

男はしょっちゅう垂れ落ちる前髪を気にしながら、資料の入った袋を手に取った。

一週間はアッという間に過ぎ去った。知りあいには「バッチシOK」と電話で伝えたものの、完成するまでは落ち着くハズもなかった。

恐る恐る事務所の扉を開ける。ベレー帽の男はコーヒーカップを小指立ての状態で飲み干している最中であった。無言で立ち上がり私を応接セットに招き入れると、神に祈りを捧げるかのようなポーズで手を前に組み、私の話を聞く前に喋りはじめた。

「まず最初に認識しておいて欲しいことは、貴方が”アートにはズブのシロウト”ということなのよね。確かにミーは貴方からパンフの依頼を受けた。でもそれは貴方が「私にはアートの才能がない。だからお金を払ってアートを買いたい」と、こういうことでしょ? ですから貴方が懇願する「安らぎ」や「花園」といった20年前に死に絶えたイメージは全部却下させてもらいました。ミーが二十一世紀の老人問題に向けて大きく提唱したいのは”パッション””インパクト”それらの断片に”ビビッド”なカラーを添えて提案したい。やっているうちに貴方の無理やり嵌め込もうとする旧態依然のイメージは私の感性をもう少しで殺すところだったの。だからミーは自分の心にストレートな”パッション””エナジー””ソウル””スパニッシュ”を総動員して制作したの。だから貴方のイメージしている”老人ホームのパンフレット”とは180度趣きが違うので、その辺は新しい感性の目で鑑賞して欲しいわけなの。」

相変わらず何を喋っているのかサッパリわからない。

「で、そのぅパンフレットは出来上がっているのでしょうか?」

「モチよ。表紙からブッ飛ばしているから大げさに感動しないでちょうだいね。」

 

私は恐る恐る封筒の中のパンフレットを引っ張り出した。