高校の頃、高架下で

 

80年代に青春時代を過ごした私は、不況の今でもその名残を引き摺りながら、まったくもって物質文化の奴隷である。

「80年代は豊かであった…。」

などと、古きよき時代を懐かしむ声が潰れかけの商店街のオヤジの口から溜息とともに漏れるのはよくある光景だが、私考えますに80年代とは

「ボッタクリの時代」

であったと思うのであります。

生ビデオテープ一本1500円。映画のレーザーディスク一枚二万円。

技術革新もあるのであろうが、90年代の今では価格は1/10に暴落している。

それでもジャッキーチェンの「蛇鶴八拳」のレーザーディスクだけは、当時無理をしてでも買っておくべきであった。中古屋でもとんとお目にかかれない逸品であるからだ。

しかし私はそれ以前にレーザーディスクの本体を買わねばならないのだが…。

貧乏ってヤだね。

きらびやかなショーケースに並ぶ、まだ無知の消費者に対してつきつけられたボッタクリの80年代ショッピングを、高校生の私はただ恨めしげに凝視する他はなかった。

そういう私の赤貧の青春時代を癒してくれたのは神戸は元町の高架下に軒を連ねるゴミサイバー空間であった。

粗大ゴミで拾ってきた「物」に対して平気で価格をつける店のオヤジの心意気は感動さえ呼び起こす。

特価1000円で購入したアーミーズボンが、たった一回の洗濯によってパステル調に色落ちしてしまった時は、あきれるより驚いた。

そんなファンシーズボンを履けとでもいうのか。たわけめ。

レーザーディスクボックスも花ざかりの走りの時代だ。

限定版。プレミアム。といったムーブメントは当時からヤングのハートをヒートさせていた。

懐かしの二度と放送無理目の作品群もバンバン市場に出た。

話はイッキに飛んで、その夜は大事な夜であった。

当時交際していた彼女は別の高校に通うハンバーガーショップでアルバイトをしていたショートカットで小柄な娘であった。

「親が旅行に出掛けているから今日は遅くまでデートしてもいい…。」

というのは、よっぽど思い切っての告白であったろう。

それを私は無惨にも一言のもとに

「今晩BSでウルトラセブンの最終回があるからセットするんで帰るわ。」

彼女とはそれっきりであった…。

若かりし頃の私は「女とは待ってくれるもの」と信じきっていたのだ。そんなもんは男の創った勝手な幻想にすぎない。

セブンと自分を天秤にかけられ、敗北を喫した彼女の心境を今から察すれば当然で賢明な選択であった。

早い恋であっただけなのさ。許せよ彼女。ぬはは。

月三千円の小遣いを握り締め、三ヶ月に一度の割で姫路から神戸へと向かう。三ノ宮ではダメなのだ。三ノ宮の高架下は最先端のファッション、シューズショップ、時計屋が並び、そんなオシャレな背景は私などには似合いはしない。男は黙って元町へ向かう。

そこで買われたビデオテープが今日突然実家の押し入れから出てきたのである。

休日はたいてい私の実家でメシを喰らう。実家の大きい押し入れ二つには完全に私のモノで埋まっている。青春の小遣いのほとんどを注ぎ込んだ結晶だ。

結婚して家を出る時にも、母親に

「くれぐれも間違って捨てることのないように…」

と厳重にクギをさしてある「モノ」達だ。

その中には学生時代をマンガ書きに費やした歴史もまざっている。マンガ家である金平守人の未発表原稿も大事に保管されている。

アイツは上京する時、

「アマエの押し入れにある原稿は、いずれプレミアがつく。その時は売ってくれてもいい。それが俺からの気持ちだと思ってくれ…。」

とカッコつけながら一人さっさと上京しちまったが、未だにプレミアもつかずタバコの一箱すら買えない。どうなっておるのか。たわけめ。

最近の休日は、そんな青春のモノ達をひっくり返すのが楽しみで、ダンボール十箱にも及ぶ中身は10年もたってしまえば何が入っているのかわからず、B型の性格よろしくレコードやパンフ、マンガや小説やプラモ、カードなどが乱雑に詰め込まれていた。

そしてこのビデオテープなのである。

モノと御対面してみて鮮やかに甦る購入時の記憶。購入価格は確か200円。道沿いに置かれたダンボールの中に無造作に放り込まれていたビデオテープのうちの一本だ。

買って帰宅した際に一度は観たハズである。しかし汚い字で書かれた「血まみれ農夫の侵略」というインパクトありすぎのタイトルを見ても、ストーリーはおろかキャラクターさえ思い出せない。

洋画の農夫であるから、きっとオーバーオールに赤いチェックシャツを着たヒゲボーボーの麦わら帽ジジィが主人公なのであろうが、そしてそれはハイジのおじいちゃんがワラを移す時に使う三つ股の農具を武器としそうであり、そしてそれは再生するまでもなく超低予算映画なのは明らかなのだ。

まず農夫が侵略して観客にどれだけの衝撃をあたえられるかを冷静に考えてみれば、映画のトホホぶりはだいだい察しがつく。そしてそれ以前に農夫は「血まみれ」なのだ。そんなヨレヨレの状態でどこを侵略しようというのか。誰に血まみれにされたのだ。オマエは。

「侵略」などとは世迷言。発狂必至の映画っぽい。

夕飯も終り自宅に帰って、懐かしのビデオテープをしげしげと眺める。

やはりいくら考えても思い出せない。わざわざ神戸まで出掛けて高校生の私は買ってきたのだろう。ワンシーンくらい思いだしてもよさそうなものである。やはり、

「200円で買って上からダビングしちまえばいいじゃないか」

と当時も変らずセコイ考えだけで購入した品なのであろうか…。

何度も再生しようかと考えた。しかし改めて私のチープな青春時代を白日の下にさらすような気がしたのでやめておいた。

(99.7.18)