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恥ずかしのCDレンタルショップ
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気に入った音楽は買って何回も聴き込む方なので、日頃、それ程CDレンタルというものを利用することはない。 それでも、まれに歩く商店街の有線放送から、通勤途中のFMラジオ放送の中から「おおっ」と自分の心の琴線に引っ掛かってくるメロディーが流れてきたりするものだ。 早口で紹介するディスクジョッキーの説明に耳の穴を最大限にかっぽじって、ようやく曲名とアーティスト名を暗記する。 私がCDレンタルショップを利用するのは、そんな週末だ。 私の行きつけの店はトンネルの出口付近にある、レンタルビデオ、CD、セルCD、新作ゲーム販売といったよくある総合AV娯楽施設である。 店内に入ると午前中のせいか客はまだそれほど入っておらず、同じ色のジャンバーを着た数名の若い男女店員達が、一斉に「いらっしゃいませー」と、マニュアルに書かれた通りのよく通る大きな声で私を迎え入れた。 借りるものは決まっている。別に急ぐ必要もない。とりあえず「オススメ」のコーナーから見てみることにした。 最近では諦めるのにも馴れてしまったが、相変わらず「オススメ」のコーナーというものは、どの店に入っても同じである。気味が悪いくらいに同じCDが大量に置かれ、輪ゴムでとめられた「レンタル中」の札がイヤでも目に飛び込んでくる。 「このコーナーにあるCDを借りておけば、まず間違いありませんよー」 という声がどこからか聞こえてきそうである。 世紀末に近づくにつれ「没個性」の店というものは、三十路のボヤきなどでは決してなく確実に増えた。 これでは客は「価格と距離」でしか店を選ばなくなる。 これはレンタルショップに限らずゲームショップなどいろんな店にも言えることだ。 なぜ店は主張しなくなったのか? なぜ店はこだわりというものを捨ててしまったのか? もし私が店長にでも就任したら「オススメ」のコーナーには「鈴木あみ」や「浜崎あゆみ」のCDを押しのけて「レッドツェッペリン」をドドーンと置き、「パラサイトイヴ2」だって横にズラし「カラテカ」をドドーンとデモ展示することだろう。 時代錯誤は承知の上。そのかわり私が店長のオススメとして「良い」と思うものだけ責任を持ってお客に提供するのだ。気に入らなければどこも似たり寄ったりの店を利用すればよいだけの話だ。 私が最近ウインドウショッピングにトキメキを感じなくなったのも、案外その辺に根差しているのかもしれない。 ラジオで暗記したCDを手に取ると、私は店内散歩を中断し早く帰るためにレジへと向かった。 いつもは三列くらいあるレジも客の入りに比例してか、一台しか稼働していなかった。先に並んでいるのは一人だけ。それも巨漢の「ヲタク」というキーワードが全体から溢れ出てくるような、自己の世界を決して曲げないブルドーザーのような兄ちゃんがモゾモゾと店員に何か話しかけようとしている最中であった。 仕方なく私はその兄ちゃんの真後ろにつく。しかし兄ちゃんの手にはCDもビデオも何も持ってはいなかったのだ。 店員「まずカードの方からお願いします。」 男「いや、ちょっと待ってぇな。聴きたい曲があるんやけど誰のかわかれへん。教えてくれや。」 店員は困惑の顔付きであった。このような客は多分入社以来初めてであろう。困惑を通り越して恐怖の表情にも読み取れる。 男「ワシ、ベストテープつくりたいんや。どうしても借りたいんや。ほな、いくで。」
店内の客が少なかったからパニックにならずに済んだものの、それでも私を含め店員一同凍りついたように誰も動かない。 店員「そ、それタンポポ…。」 止まった時間を動かしてくれたのは、若い店員の勇気ある一言であった。 男「その後ろにCDプレイヤーあるやんか。店内の有線止めて兄ちゃんが推理したCD鳴らしてぇな。正解やったら間違いなく借りるさかい。」 店員はまばたきするのも忘れたまま、その見開かれた目のままで「オススメ」のコーナーへ走りさる。そして洗脳されてしまったかの如く震える指先でようやくCDプレイヤーのイジェクトボタンを押すと、神にも祈るような顔付きで再生のボタンを押した。 男「おおっ。これや。これや。ワシはこれが聴きたかったんや。これでベストテープ完成に一歩近づいたわ。ほな次の曲いくで。」 ありふれたレンタルショップは現実離れした「ヲタクのドレミファドン会場」と化していた。店員も「なんでこのような恥ずかしい拷問を受けなければならないのか?」という困り切った表情である。後ろで並ぶ私は笑っていいのか同情したらいいのか判断のつかないモラトリアム状態を維持するだけで精一杯であった。 店員「ア、アポロですか…?」 男「何回も言わさんと、正解やったら間違いなく借りるさかい。」 そうして若い店員は半ば泣きそうな顔で再び「オススメ」のコーナーへ走るのであった。その度に中断される店内の有線放送。サビまで不自然に早回しされるレンタルCDシングル。 男「おおっ。これや、これや。ワシはこれを加えたかったんや。で、次は外人の曲なんやけど街でよくかかるねん。でも誰かがサッパリわかれへん。ほな、いくで。」 若い店員は頬をケイレンさせながらも、途切れる声でようやく「ワムのラストクリスマスです」とだけ言うと、ヲタクの兄ちゃんに再び怒られないよう、先に「クリスマス特集」のコーナーへと走るのであった。 男「やったがな。完成やがな。ワシのベストテープ。で、あと一曲で最後なんやけどな。」 若いジャニーズ系の店員が安心したのも束の間。ヲタクの兄ちゃんの要求はまだ続くのである。 男「これはオヤジから頼まれたんやけどな。オヤジも誰が唄とうてるか知らんねん。だからオヤジの唄をさっき耳で憶えてきたんやけどな。音痴やったら御免な。」 音痴だとか上手いとか、こういう場ではそんなもん関係ないだろう。私も何かオカシイと知りながらも、筋が通っているのか、間違っているのか判断がつかないくらい、男の歌声で脳みそが「豆腐」状態にされてしまっていた。 男「ほな、いくで。」 店員「わ、わかりませんっ。」(半泣き) 男「わかりません。ってどういうこっちゃねん。」(逆上) 店員「聴いたことがありませんっ。」 男「ほんなら何か? こんなにいっぱいあるジャケットの中から客が予め調べてから店に来な話にもならん。ちゅうことなんか? タイトルも歌手もわかれへんのにどないして探せっちゅうねん。おう?」 店員「はい。ご、御尤もでございます。」 可哀想に。妙な客の対処には「ひたすら謝れ」と大きく書かれているのだろう。 男「オマエらは何か? 客がレジに持ってきたもんをピッとこするだけで商売になるんか? プロとしての自覚はあるんか? 客の質問に答えようとする努力は日頃しとるんか? それで給料もろうて心苦しいないか?」 店員「はい。誠に申し訳御座居ません。」 男「こんなプロ意識のない店なんかで借りる気なんか起きへんわ! もっと精進せいよな。」 ヲタクの兄ちゃんは吠えるだけ吠えて、レジにCDを叩きつけると、足早に店の外へと飛び出していった。 しかしヲタクの兄ちゃんよ。あんたの怒りはよくわかる。でも若い店員だって週末に彼女とデートする為のバイト代かせぎくらいにしか考えていないのだ。おおざっぱな言い方だがレジの使い方と延滞料金を暗記するくらいで勤まるものなのだ。会社に属しているからといって全体を把握している訳ではないし、それは不可能な話だ。そんな危ういカンジで今日も日本は回っているのだ。 で、逆に店内のCD全部を暗記したエキスパートになったとしよう。どんな客の要望にも応えられるスーパー店員だ。血のにじむような努力の結果でな。それでも55歳の定年まで確実に雇用を約束してくれる保証なんてどこにもないのだよ。日本にそんな余力などないのだよ。怒るのならそんな世間に怒れ。 出ていったヲタクの兄ちゃんを目で追ったまま硬直している店員を前に、私も「メロディーだけ知っている聴きたい曲があるんだけどなぁ」などと、よっぽど店員の前で唄いたい衝動に駆られたが、三十路の理性がそれをようやく押しとどめ、いつもの通りに解っているだけのCDをレンタルし、ゆっくりと家路に就くのであった。 (99.12.21) |
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※この話はキッカケこそノンフィクションですが、途中より大幅に脚色、異形・肥大化しております。
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完
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