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ありふれた土曜の朝、親父と
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子供の頃「親父と一緒に遊んだ」という記憶がない。 親父は平日は深夜まで残業、年間を通じてほとんど休日出勤していたモーレツ社員だったからだ。そんな親を持つ子供としてはたまったものではない。 冗談ではなくキャッチボールも今までに一回だけしかしたことがないのだ。 であるからして、私は父親の愛情に飢えていた。といえる。 一時期は成長期のお約束「反抗期」などもあり、たまに顔を合わせてもまったく口をきかない時期もあったが、自分が独立し親の苦労がわかってくると父親のありがたみが身にしみてわかり、いつからか溝も埋まりそれまでの空白を取り戻すかのように私は親父と積極的に話をした。 金曜の夜から弟と「探偵小説談義」を交して、その日は結局実家に泊まることになった。県住で私の帰りを待つ嫁は少し不機嫌であったが、お袋が「明日は休みなんだし、たまには…」と、上手いフォローを入れてくれたおかげで私は子供たちに起こされることもなく、ぐっすりと昼近くまで眠ることが出来た。 目が覚めてゆっくりと階下に降りると居間はひっそりとしていた。慌てて着替えることもない休日の土曜日を満喫すべくとりあえず炬燵に入る。お袋も昨日深夜まで話し込んだ弟もどうやら仕事らしい。 しばらくすると二階から「ドスッ」という足音が響く。親父がいつものように左手で股間を押さえながら眠たそうな目でゆっくりと階段を降りてくる。 呉「あれっ?親父今日休み?」 父「おっ、お前も休みか?」 親父と会うのも久しぶりである。親父はいくぶん嬉しそうである。きっと私も親父に似た表情を浮かべているのだろう。 親父は私の正面に座ってきた。お互いの近況を話合い、一段落ついたところ親父が得意気に話を切り出してくる。 父「この前小遣いをはたいて宝クジを買ってな。」 呉「ほう。」 父「発表見てビビったぞ。○○組、ここまではエエがな。」 呉「組だけ合うのも難しい話や。」 父「その後がサッパリコッキリや。もうガクンときたがな。」 呉「ははは。」 父「一等の3億が当たったらな。オマエもあんな狭い県住から出てやなぁ、ドーンと二世帯住宅たてるか。」 呉「ほほぅ。エエなぁ。3階立ても楽勝やで。」 父「楽勝なんてもんやないど。この45坪も適当に売ってやなぁ。こんな古い家具も…」 実家は私が幼い頃から慣れ親しんだ家具がいまだに置いてある。お袋がケチというか物持ちがいいというか、タンス、ベビータンス、角が欠けた三面鏡、骨董品と呼ぶには微妙に新しい、中途半端な家具達である。 父「こんなもん新居には絶対持っていかんぞ。全部家具も新品じゃ。」 呉「景気エエ話やなぁ。」 父「面倒くさい。ブルドーザーや。ブルドーザーでみんな家も家具もサラ地や。」 呉「運ぶ程高価な家具ないもんなぁ。」 父「ほんでゼロからみんな買い直しや。」 呉「でも二世帯にしたらお袋とウチのモメへんか?」 お袋はイノシシ年のガンコ者。そしてウチの嫁はアレである。 父「そんなもん完全な二世帯住宅にしたら問題あれへん。台所も二つ作ったらエエねや。」 呉「二世帯、二世帯いうて親父。弟は一体どないなるんじゃ。アイツ未だに独身やから、ウチの嫁がフロ入る時とかお互い気ィ使うやろ。」 弟は私より二歳下であるが未だに独り者である。打ち解けている兄弟ではあるが、結婚の事について根掘り葉掘り聞いてもいつも話をはぐらかすだけで一向に埒が明かない。ようやく聞きだせたのは「大学時代にチョットした大失恋をした」ということだけ。それ以上は何を言っても黙り込む弟であった。 父「そんなもんオマエ。アイツにはマンション買うてやったらエエがな。」 呉「ほーっ。そうやなぁ。それにしても親父。マンション買って二世帯立てても充分2億は残るぞ。」 父「楽勝で残る。そうしたらワシ、儲け気のない喫茶店でもまたやるかな。」 親父は若い頃喫茶店を経営していたのだ。接客商売が好きらしい。しかし設立当初から一緒に頑張っていた親友が…まぁよくある話だ。多くは書くまい。 呉「親父、サラリーマンよりやっぱ喫茶店したいんやなぁ。」 父「小さい頃からやりたかったからなぁ。」 呉「残りで喫茶店建てたらエエがな。親父も子供の面倒離れたんやし、第二の人生歩んでもバチ当たらへんで。」 父「ありがとうな。ホンマありがとうな。あぁ、あの時宝クジが当たっとったらなぁ…」 ここで私は残酷な現実に引き戻されてしまった。今まで笑顔で親父とアホみたいに盛り上がっていた話は全てが虚構の話であったのである。夢の二世帯も、弟のマンジョンひとり暮らしも、残りで喫茶店を建てなよ、といったちょっとした親孝行の言葉も、根底は虚構の3億円なのである。 親父もこの異様な状況に気が付いたらしく「シマッタ」という顔をしていた。笑いでシメるべき所をシミジミとシメてしまったからだ。これでは話のシメようがない。 部屋には重たい空気が横たわった。さっきまでの現実離れした途方もない金額「3億」が生みだす笑顔はどこかへ行ってしまっていた。少しでも動けば切れそうな緊張感が漂っていた。 次の言葉を交わしたい。しかしお互い次に発する言葉が見つからないのだ。 それはありもしない「3億」の使い道で、イイ歳をこいた大人二人が真剣に喜び、感動してしまった気恥ずかしさからくるものであった。 「このシチュエーションで雑文書いてよ」という依頼を受けても、いくらヒネろうが落とせる自信がない。オチも思いつかない。芸がないが実況のまま筆をおくしか方法はなさそうだ。 親父はゆっくりと立ち上がる。こわ張った表情で親父の挙動を見つめる私。何か言ってくれ。親父。突破口を開いてくれ。絶えられない沈黙が八畳の居間を支配する。 親父は左手で股間を掴み、私と視線を合わそうとせずワザと目をショボショボさせて別の方向を見ながらようやく口を開いた。 父「ワシ、先にウンコ行ってもエエか?」 (2000.2.6) |
完
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