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伝説の音楽 〜ジャイアンシンドローム〜
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先日嫁に「エエ加減に押し入れの掃除をせんかい!」と不当にも怒鳴られてしまった為、有意義に使いたい私の貴重な時間を「整理整頓」などという非生産的なことに費やさざるを得なかった私は、それでも一方的な嫁の命令に従ってしまうのもなんだかシャクに障るので、物を一つ一つ手に取りながら 「あぁ、これは給料が出てソッコーでゲットしたゲームソフトだったなぁ」とか、 「このジャッキーチェンの「龍拳」のパンフを岡山の古本屋で見つけた時は、嬉しくて目が飛びだしたなぁ」 などと思い出に浸りながらチンタラと掃除をしたのである。 その時にヒョッコリと出てきた一本のカセットテープ。 長い間、押し入れの奥に「封印」されていたかの如く押し込まれていた、ラベルもハゲハゲになっている古いテープを見つけてしまった時、私は全身が震えてしまうのを正直、抑えることができなかった。 そのカセットテープとは約6年ぶりの御対面であり、見つけるまではそのテープの存在も、またテープの内容すらも、日々の仕事に追われるうちに記憶の彼方へと追いやられていたのであった。 忘れもしない10年前、当時同じ会社に勤務していた「かなり濃い」洋楽の輸入レコードマニアである先輩の家へ遊びに行った時のことだ。この先輩の洋楽ロック好きは「異常」が頭につく程で、まずありきたりなバンドは買わない。英語で書かれた目録に毎月目を通すこと20年。誰も聴いたことのない、それが例え自主製作盤や一部の地域でしか出回らなかったレコードでも「知識外」のバンドであれば金を惜しまず輸入するという熱の入れようであった。 20年の知識はハンパなものではなく、月に10万円を越す投資も凄まじいものがあり、この人が知らない洋楽バンドなんてあるのだろうか? と思わせるほど客を圧倒してしまう八畳二部屋にまたがった天井まで届くレコード置き場。そんな先輩が「買い付け20年」の歴史を持ってしても「わからないバンド」が限定数枚で入荷したらしい。当然の如く輸入する先輩。 「お、おい、呉。俺はとんでもない音楽を日本に持ち込んでしまったかもしれない…。」 いくぶん顔色が蒼ざめて見える様子のおかしい先輩。 先輩曰く「それでもこの音楽は、ある種ケッ作である。」という。 そうして私はダビングをしてもらったカセットテープを受け取ったのだが、その際に見せてもらったレコードジャケットは、印刷も製版が乱暴な仕事をしているようで、色のズレも見られる粗悪な物であった。メジャー盤ではないだろう。自主製作盤、それも地方でしか出回らなかった雰囲気をジャケットから受ける。 ジャケットの正面にはドドーンとバンドのアルバムであるにもかかわらず、黒いスーツを着た痩せ気味の男が(髪の毛はテカテカで黒縁メガネをかけた[トニー谷 風])、プレスリーよろしく思いっ切りカッコをつけたポーズでデカデカと収まっていた。 みなさんの中には音楽レビューなどで「60年代の傑作! 必聴盤」みたいな謳い文句につられて、買ってみたはいいけれど、今のテクノロジーサウンドで耳がスッカリ肥えてしまっていて、自分が期待して想像していた音楽には程遠いペラペラの音にガッカリしてしまったことがあるかもしれない。 しかし今から私が紹介するアルバムは、私の感性に狂いがなければ「今までに出会ったことのない…、そう、脳天を杭で打ち抜かれるような衝撃を聴く者に与えるケッ作」であると断言できる。 みなさんもこれを最後まで読み終えた時には、今までに出会ったオールディーズの傑作であろうとも、それらが哀れ儚くも路傍に生える草の如く映ってしまう事実に気がつくハズだ。 このアルバムを作ったのが誰なの。裸のままのカセットテープを受け取ってしまった為、アルバムタイトルもバンド名もわからないのであるが、まずバンドはオーソドックスなギター、ベース、ドラム、ボーカルという編成。そして問題の「サックス」である。 このサックス奏者がアルバムジャケットを飾ってであろうことは想像に難くない。一体、あのジャイアンですら唄がヘタであろうともリサイタルだけに留まり、レコードを作って、あまつさえ全米に一部でも流通させるまではいかないだろう。このサックス奏者に比べれば充分謙虚に思える。 バンド自体はセミプロ程度のテクで、ヘタというほどではない。しかしレコードデビューまでは行きそうにない実力だ。これも想像なのであるが、おそらくサックス奏者が「金持ち」であったのだろう。 「スタジオ代もレコード製作代もパパが出してくれる。だから俺の夢であるロックバンドでサックスを吹かせてくれ。」 と、大学のバンドサークルにでも話を持ちかけたのであろう。そうでなくてはこのような音楽は存在してはならない。 そしてレコードデビューという名誉につられた、そこそこ力のあるバンドが、不本意ながらも金持ちのサックス初心者を迎え入れて一枚作ってしまったのであろう。 アルバムに収められた曲は、どの曲にも「サックスが目立つパート」が用意されている。まずはオープニング曲だ。ボーカルはローリングストーンズのミックジャガーを意識した、情感溢れるスタイルだ。一番を唄い終わり、いよいよ間奏のサックスソロのパートだ(MP3形式のデーターです。聴けない人はパソコンを揃えましょう。一生のソンです)。 普通アルバムのオープニングともなると、少しは気合を入れて、意味的には「初めて接する挨拶」のような重要な位置を占めるものであるはずだ。それがどうだ。イキナリ「歌丸さんの全部とれ状態」である。 「こ、これがサックス?…、子供の吹くラッパではないのか?」いや、それ以下である。この人には客観性というものがないのであろうか、それとも承知の上で自分の夢である「ロックバンドのサックス奏者」という華やかな自分に酔いしれたかったのであろうか。 そもそもロックの世界において、ここまで突出した暴力的なサックスが、いやサックスというより「チャルメラ奏法」という試みが許されていいものだろうか。 所長会議。各支店から幹部が集まる。皆、地味なスーツに目立たぬネクタイでそれぞれの席に着く。このアルバムはそんな世界に一人だけサンバの格好で列席するようなものだ。 「そんなアプローチ、あり?!」である。 なんにせよこの曲を完成した直後、バンド内はイヤな空気に包まれたことであろう。サックス奏者も敏感に感じ取ったハズだ。二曲目ではペラペラなサウンドに厚みをつけるべく「コーラス隊」が招集された。 しかしこれも「急いだ結果」であるのか「サックス奏者の友人は音楽センスゼロ」なのかはわからないが、普通コーラスとは澄み切った高い声で後ろに流れるものだろう。しかしサックス奏者が招いた友人とは「全員がイガグリ頭のラグビー部」のような、およそコーラスには縁の無さそうな連中であった。 曲は軽快なギターから入り、またしても究極に外すサックスが流れ込む。まぁまぁ上手いボーカルが唄った後、今まで出会ったことの無いコーラスの渦が貴方の脳波を完全に打ち砕くことであろう。 これはさすがにバンド内でも意見が出たことであろう。「貴方のサックスは許せる範囲だが、あのコーラス隊の音楽性の無さは堪え難い。パプシュワーってヒドすぎませんか? 頼むから外してくれ」としか言いようがなかったのではないか。その後の曲ではイガグリコーラス隊は登場しない。 そして三曲目ではバンドの仲間であろう、前とはうってかわってセミプロっぽいコーラス隊が加わる。製作されたのは30年前くらいだろう。当時ポップ界を席巻していたビートルズ、ビーチボーイズに対抗するように、流行に乗ろうとしてサーフミュージックに挑戦している。 曲の出だしも良く、コーラスもマシになった。演奏も上達しようとする意志が見える。そしてまたしても途中にサックスが入り込む。 これはもうすべてをブチ壊す核爆弾のような演奏である。 そして更に彼はこのアルバムを「壮大なコンセプトアルバム」に仕立てようとでもしていたのか、引っ込むどころか出資者であることをいいことに、「一番サックスが目立つ曲」を作らせた。同じフレーズが延々と7分も続く、サックス大フューチャー曲「ミャッカム」である(このタイトルだけ当時先輩から教わった)。 威勢のいいカウントと反比例するかのようなグダグダな演奏から始まり、ただ同じサックスのフレーズを何回も繰り返すだけの曲だ。フレーズは短い。だが、一度としてサックスが音符通りに音を刻まれることは無い。 聴き終わるころには確実に発狂している。 この曲にはエピソードがある。アルバムをフルというのは厳しいだろうから、この「ミャッカム」一曲だけをカセットテープにダビングし、遠く日本海の大学へ行き一人暮らししていた弟に「どう思うか」というメッセージを添えて送ったのである。 深夜4時。仲間と徹夜マージャンをしていた弟は、今朝届いた私の郵便物を思い出す。開けると謎のカセットテープ。仲間達の疲労もピークに達し場もシラけだしてきた頃「気分転換に再生してみろ」ということになったそうである。 再生ボタンを押した瞬間、仲間の一人は食べていたきつねどん兵衛を両鼻から出し、もう一人は柱に頭を打ち付けながら痙攣笑いをはじめ、もうひとりは弟の部屋にあった漫画雑誌を勝手に手に取ると、深夜であるにもかかわらず「ミャッカム」と何回も笑い叫びながら窓を開け、チンドン屋のように雑誌を「ちぎっては投げ」を延々していたそうである。場は騒然とし、異様な空気に包まれ、大事な理性のネジがピョーンと外れてしまったお祭り空間と化し、床で仲間が笑いながらのエビ反りながら「もう一回!」と何度もリクエスト受けて、合計30回以上も再生したそうである。弟も酸欠寸前に陥り、ヒーヒーいいながら巻き戻していたそうだ。 翌朝、その木造アパートの管理人から両親に電話がかかった。「アパートの住人、ほぼ全員から苦情が入った」そうである。今度同じことがあれば出ていってもらう。という内容だったのだろう。母親は相手に見えもしないのに電話をしながら何度も深く頭を下げていた。 「今から思うと、あの時全員狂っていた」 と、実家に行った時、お互いコーヒーを飲みながら弟は静かに回想していた。恐ろしい音楽である。 円谷プロの特撮テレビ番組で怪奇大作戦という番組があり、内容から現在は欠番になってしまったが「狂鬼人間」という回がある。脳波変調機というマシンで脳波を狂わせて犯罪を犯し、精神に異常がある場合の法律の隙を突く話だ。 その脳波変調機のヘッドフォンから流れていた曲は、この曲だったのかもしれない。 岡本太郎の「芸術は爆発だ」に照らし合わせれば、彼らの「表現したい」というモーレツな欲求は、確かに魂の炸裂したモノである。上手い、下手、客観性、自分の演奏力など、全てを棚上げ、度外視し、まず「発表したい」ということが最優先事項だからだ。サックス奏者が「全開」であることも素晴らしい。その魂の高揚は聴く者の心を打つし、完成までに注がれた魂のベクトルは、ビートルズやブライアンウィルソンと同じ弧を描いている。それが天才に向いたか、バカに向いたかは聴く者の判断に御任せするとして(笑)。 30年も昔の自主製作盤に著作権があるのかどうかわからない。苦情がくればいつでも撤去する。なぜこのようなアルバムが存在し、または流通してしまったのかは、全てが想像の世界であり、真相は今もって闇の中である。 しかし謎だらけであってもこのアルバムは「私の永遠のアルバムベスト10」に入るであろうことは、間違いがないのであった。 (2001.2.20)(2007.3.13加筆) |
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完
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