新しい娯楽というものを常に追及している私にとっては、それが決して独りよがり的なものではなく、いわば「ネオポピュラリティ」ともいえる普遍性と説得力を持つものでなくてはならないというのは大前提なのであった。
カードで最新電化製品をドーンと購入してみる。高級風俗店で派手に使ってみる。
それはそれで持て余した休日を満たされた気分で終えることが出来るかも知れない。
しかし後には必ず荒涼とした虚脱感に襲われることだろう。そんなことだからいつまでも物質文化の奴隷だというのだ。もっとこうなんと言おうか、ソリッドで知的なドーパミン全開になるような脳内興奮。そういうものを求めていかねばならぬのだ。
あくまで例えばの話だ。
今、私の家ではVHS-Cカセットを使うビデオカメラ「ブレンビー」は現役を退き、デジタルビデオが実権を握っている。その眠った機種をとりあえずわざわざ引っ張り出す。
そして消してもよいテープを物色する。一番古そうなテープをチョイスし、カバーを開けて磁気テープの確認、適度に「ヘタって」いればモアベター。
カセットをセットし、まずカメラのセッティング。テープ速度は当然「三倍速」である。
右手にブレンビー、左手に三脚を抱え外へ繰り出す。適当に散歩してみて一番汚くブサイクな犬のいる家に狙いを定める。決まれば後はカメラをセットし録画ボタンを押せばオッケーだ。
犬は「なにごとか」みたいな顔付きで脅えるかもしれぬし、怪しい侵入者に対して延々と吼え続けるかもしれない。しかしそんなことはおかまいなくとりあえずはその場を立ち去ろう。
一時間くらいしたらカメラと三脚を回収しに行き、ここからが本番である。
テープを頭まで巻き戻しマックのビデオキャプチャボックスに繋げる。そしてMPEG-1のビデオCD規格で取り込みを開始する。マックに取り込んだら編集などは一切気にせず、CD-Rドライブに生CDをセットしよう。そしてビデオCDを焼き上げる。
それが済めば今度はフォトショップを起ち上げ、先程取り込んだビデオのショットから画像を一枚抜き取る。そしてレイヤーを幾層にも重ねCDラベル用の画像を完成させる。緻密な作業はプロの仕事だ。プリンターで円形の画像を出力しカッターで妥協無く切り取りスプレーのりで生CDに貼り付ける。これでCD自体は完成だ。
そして今度はファイヤーワークスなどでCDジャケットの作成だ。エンボスやドロップシャドウを効果的に使い、プリント出力は当然「最高画質」。使用する紙も一番高価な昇華型専用紙を使う。これをCDのプラケースに入れれば完成だ。
長く妥協の無い最高を求めたプロの作業の後の煙草は格別に美味い。
そしてセガサターンを取りだしテレビにセットする。私のセガサターンは「ビデオCD再生機」だけの存在になってしまっているのがチト哀しい。
テレビの前に陣取り右手にはコーヒー、左手にポテトチップスを添えれば完璧である。
いよいよ感動の再生開始。
そこには近所のブサイクな犬が延々吼え続けるとんでもない様が映し出される。引きもアップもない完全に固定した画面だ。3倍速のヘロヘロ録画、それも上書き録画なので、当然ブロックノイズ出まくり。
ビデオCD規格の限界である74分をフルに使った超大作だ。それを見ながらおもむろに叫ぶ。
「なんでワシこんなもん観なアカンねん。っていうかなんでジャケットとか手作りやねん。なんで紙も高い高画質用紙やねん。今後この保管はどないするねん。」
手間暇かかっている分、簡単には捨てられないのだ。気が付けば日もとっぷりと暮れ、日付も変わる寸前であろう。
無駄で信じられない74分を鑑賞させられている自分を見て笑うこの贅沢さ。
あくまで例えばの話だ。
インターネット等でジー●ーグループのような「高金利」を謳い文句にしている怪しそうな企業をまず物色。なけなしのヘソクリである一万円を固く握りしめ、まずはフリーコールだ。
電話の先には一流企業も真っ青な丁寧な応対をしてくれる担当が出てくるかも知れない。
そして説明を真剣に聞く。時折「儲かるんですね。絶対に儲かるんですね。」と、か弱い声で繰り返す。そして向こうの指定する口座に迷わず送金。しばらくは「放置プレイ」で結構。
忘れた頃にそろそろ世間が騒ぎだす。ワイドショーに特集が組まれだしたら機は熟した。
フリーダイヤルで担当を呼びつける。「あのう、金利分と一緒に解約したいんですけど。」当然むこうはヤバイ団体だから返してくれるわけがない。いろいろな言い訳攻撃を受けることになるだろう。押し問答の末、感極まったチャンスを逃さず電話に叫ぼう。
「だって絶対に儲かるって言ったじゃないですかっ。なけなしのお金なんですよ。今すぐ返してくださいよ。」
泣きながらの鼻水を飛ばしながらが重要なポイントだ。スポーツ選手のように自分に暗示をかけ、感情はピークまで持っていこう。
ネットの掲示板では「被害者の会」が出来ていた。迷わず投稿。被害意識丸だしの文体で攻める。団体の集まりが開催される日には有給を取ってででも参加。報道陣も多数集まる。企業の会長は行方不明。
夜、家に帰りチャンネルをニュースに合わせる。速報で被害者の会の模様が映し出される。それを見ながらおもむろに叫ぶ。
「なんでワシが被害者の会の会員第一号やねん。っていうかなんで看板持ってデモ行進の先頭やねん。そんな甘い考えやからいつまでたってもキリギリスなんじゃ。」
こういった幽体離脱的な視点で情けない自分を叱りつけるこの贅沢さ。
新しい娯楽…、
時代はもうそういうところまで来ている わけない。
(2002.3.9)