
「風の中の友達」
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もう付き合って何年目になるのかさえ忘れてしまった古い友である金平守人が、この度三冊目の単行本を出版する。 親友 金平守人 職業 マンガ家 性別 男 [俺が知る限り間違いなく]童貞 重度の円形脱毛症 無惨にも虫歯で抜け落ちてしまった前歯 歯医者に行かない為、二時間おきに鎮静剤を飲み、薬が切れだすと痙攣の始まる頬 深刻な鬱病 長年のマンガ制作からきているひどいネコ背 そして手術が必要な程傷んでいるヘルニア気味の腰。これが奴の簡単なデータだ。
俺はアイツを見る度に考える。 よほどの天才でもない限り、栄光を掴み取るためには人間「何か」を犠牲にしなければならないものなのか? と。
この歳になれば会社で役職にも付き、数名の部下を指導・育成する立場にもなり、結婚もして子供にも囲まれ、そろそろマイホームのことなども考え出すような時期だ。 それがアイツはどうだ。 アイデアを振絞る度に薄くなった髪の毛。数年前からは開き直ってスキンヘッド。長時間イスに座る生活からきたヘルニア。アイツの身体は自力では1キロも歩けない身体になってしまっている。肉体年齢は楽勝で50歳を超えている。 アイツは真当な人間になる道よりも漫間[マンゲン]になる道を選んだのだ。
アイツの人生だけでも普通の目から見れば呆れたもんだが、その作品は更に輪がかかっている。 まず時代や流行に迎合しない作風。作品ごとにタッチを変えるというまずマンガ家としては何の意味もなさない器用貧乏さを露呈してしまっている無駄な労力。「こういう女の子を描けば人気が出るのではないか」といった売れ線狙いや「わかりやすい世界観でOVA化されたらいいなぁ」というような作家的向上心などは全く無い。 閉ざされた部屋に篭り「鬱」の時に誰とも会わず創作に没頭する純粋に自己培養されたチンカスのような妄想作品群。 俺はそうやって産み落とされた作品を「信じる」し「こよなく愛」する。
それは街に出て大作映画とB級映画のポスターを見比べて「コリャアDVDには絶対に落ちんだろう。今見逃したらもう二度と会えねぇな。やっぱり外せないだろう」と、笑いながらB級映画の方を偏愛してしまう心境。とでも言えば皆さんに伝わるであろうか。 「タッチが上達した」という、ありきたりな批評を頭から拒む良く言えば「百花繚乱」悪く言えば「無秩序」なマンガ達。ジャンプの「こち亀」は一巻と五十巻では絵柄が違う。しかしそれは正当な進化を遂げ洗練された結果だ。奴の場合は去年は「演歌」昨日は「フォーク」今日は「レゲエ」明日は「ボサノヴァ」といった具合に己のタッチを磨くことよりも「マンガを描く」こと自体に魅せられた邪教徒。マンガの暗黒面(ダークサイド)に取り込まれてしまった男なのである。
まるで何かに取り憑かれたかのように人生を捨てて漫画制作に没頭するアイツの創作バカさ加減を見ているとなんだかこっちまで嬉しくなってくる。 あぁ、いつの頃からだろう。周りの人間との「違和感」を感じだしたのは…。 ドラマの続きの話題、プロ野球の勝ち負けの話題、ベストテンの順位の話題。誰も彼もが同じ話題。 何かが違う…。 それは「選ばれた民」のような自惚れからくる高慢なものではなかった。 説明できない違和感。そんな時に俺はアイツと出会った。アイツは俺と同じ目をしていた。中学一年の時だ。 そして高校も3年になる頃には俺達は教師も扱いに困るクラスのやっかい者、立派な不登校児に成長していた。 当時共働きだった俺の家に集まり、それこそ夕方まで漫画制作に没頭した。 「そんな夢オチの一回ひねりくらいじゃありきたりだ」 「いいねぇ。チャップリンの繰り返しギャグみたいな味が出せれば尚いいねぇ」 「出た! ここって時にオマエは動物を出して笑いを取るなぁ」 繰り返し部屋で流れていたのは佐野元春の「ノーダメージ」とビートルズの「サージェントペパーズ」 少しの高揚感とチョットの陶酔感に満たされた創造空間で俺達は互いの作品を磨きあった。 それは人生のうちで一番幸せな時間だったかもしれない。 久しぶりに登校すれば聞きたくもないノイズがいやでも耳に入ってきた。 「お二人さん真剣にマンガ家さんになるそうですわ(笑)」 「甘すぎる。プロマンガ家なんて何万人も目指してる」 「就職という現実から逃げてるだけ。ま、今更活動しても遅いけど」 タイムマシンで当時の俺達に今の俺達を見せたら一体なんて言うだろう。 三冊目を出版し全国の書店に本が並ぶアイツ、マンガ家は挫折してしまったが何の因果か妻との闘争日記を全国区の雑誌に連載している俺。 「おっ、二人とも世に出たのか」と驚くのだろうか…。 「なんだ、その程度止まりか」と落胆するのだろうか…。 日曜日の昼、久しぶりにアイツからメールが来た。 「ガラクタも積もり積もって三冊目だ」と幾分自虐的に書いてあった。 俺はマウスを動かす手を休めベランダの戸を開けた。勢い良く俺の身体を風が通り抜けていく。 アイツの住む東京にまで届きそうな風だった。 ベランダの手すりに頬杖をついて目を細める。 「なぁ、オイ。オマエにとって本を出す意味ってのはさぁ、何も印税で遊んで暮らしたいとか、豪邸を建てたいとか、女をはべらしたいとか、高級外車を乗り回したいとか、今まで散々馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたいとかってそういう事じゃねぇんだろう? ただ、また明日も「夢」で飯がくえたなら…、ってそういうことなんだろう? なぁ、オイ。」
つきぬけるような青空の下、風はいつまでも止むことはなかった。
「風の中の友達」 完
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