嗚呼、あこがれの社長就任

 

 不景気風がふきすさぶ中、会社で「リストラ」という言葉が出るだけでビビりまくり、家では圧倒的な威圧感で悪政を振るう暴君の下でヒーヒー言わされながら耐え忍ぶ日々、フト気がつけば私も35歳になっており、このペースでこのまま人生を終えてしまっていいのだろうか…。と、深刻に考え込んでしまうのである。

悪い景気の影に覆われて、我ら三十代、いつの間にか夢見ることを忘れてしまっているのではないか? 働くだけの「ネジ」になっていやしないか? 夢はいつか叶うと信じているクチだ。心の底にゴールを設定しておけば、無意識下にそこへ辿り着くよう行動するハズだ。一番恐ろしいのは「夢」を見ることを忘れてしまうことだ。日々流されてしまうことだ。

目標は大きく持った方がいい。社長になろう。いつかきっと社長になろう。会社でも地獄。我が家でも地獄な現状を打破するには、社長になる以外に考えられない。名前は「呉商事」でも「クレコーポレーション」でもなんでもいい。とりあえず代表取締役になるのだ。

一日の大半は豪華な社長室の大きなイスで過ごす。後ろの壁には額が欲しいところだ。有名な書道家に依頼した、極太の筆で荒っぽく書かれた勇ましいものがいいだろう。書いてあることは「努力」でも「ユッケ」でもなんでもよい。なんせそういうものが壁にあると、社長室っぽいではないか。

社員急募[求ム!! 有能な秘書]

私は折り込み広告にチラシを出す。使われる側から、使う側からへと変わる瞬間だ。ケツの穴の小さいことは言わず、ここでは月給30万円を提示する。そうして多くの面接をこなし、結局「吉岡美穂」似の女の子を無条件に採用するのであった。

内心では決定していても、そう簡単には「採用」を相手には伝えない。吉岡美穂似の秘書候補は「この不景気な時代、入社できるんだろうか…」という不安で満ち溢れている。

私はパイプイスに座った相手の周りをグルグル周りながら、おもむろに話かける。

「就職する方法が無いことも無いんや

そうして女の子の背後を取り、優しく肩を揉みほぐす。

やっぱり一番の親孝行は就職やろう

女の子は馴れぬ面接で緊張が臨界点に達する。そのスキを逃さず私はトドメの一撃を浴びせる。

魚心あれば…、ハテ、なんだったか? 下心だったか?

就職が決まったからには会社の方針には当然従ってもらわねばならぬ。我が社の制服は「秘密」や「隠し事」のない、不正とは無縁なクリーンな会社にしたい。という私の強い想いを具現化し、

  とさせてもらった。

社長の特権である。自分の創設した自分の為の会社なのだ。出社を自然な気持ちで「皆勤賞を取る」という気分にしなくてはならない。出社して制服に着替えてもらったら、毎朝欠かさず朝礼を行う。

又力むと書いて努力と読む。最近チミは努力しとるかね」

こういった一見わけがわからなくとも、示唆に富んだ朝礼での深い話が出来なければ社長職は務まらないだろう。「それがどうした」的な社員のツッコミが入ってこその社長の朝礼である。

威張るばかりが社長ではない。時には心を鬼にして社員を叱咤せねばならぬ場面も訪れる。頼んでいたファイルの整理が仕上がったので目を通す。そこにはこの先一週間の衛星放送で放映される特撮ヒーロー番組の日付と時間がモレなくチェックされている。

そこで私はページが間違って綴じられていることに気付く。私は立ち上がって美人秘書を呼びつける。そうして内心ではそんなに怒ってなどいないのに、白目を剥いてみせ、顔を真っ赤にさせながらツバをまき散らせて怒鳴るのだ。

「君の安易な仕事振りが…」とか「資源のムダ遣いで地球の温暖化が…」とか、

 の制服のまま立たせて怒るのだ。

全ては社員の成長を願ってのことだ。決して私の趣味を優先させているのではない。

お思いか? 日頃から会社や奥さんに怒鳴られてばかりの生活が辛くて、呉さんはこんな妄想ばかりかんがえているのだな、とお思いか?

そんな哀しい指摘は御勘弁願いたい。多分、当たっているから。

そうしてうな垂れながら手を前で組み、ショボーンと立っているビキニ秘書を厳しく見つめ続ける場面で、嫁が初めて会社に乱入してくる。嫁はどう言うだろうか…。ipodが欲しい。大型液晶モニターが欲しい。高速な外付けDVD-Rが欲しい。数々の私の夢を何の躊躇いもなくブチ壊してきた嫁は間違いなくこう言うに違いない。

「会社って言いながらワレ何やっとるんじゃー。速攻で店を畳まんかい。この金喰い虫が」

何が金喰い虫か。嫁は今年の夏のボーナスで、自分だけ「結婚10年目で私に初めてのブランドモンや。バチは当たらんハズや」と笑いながら10万近くするヴィトンのバッグを神戸まで買いに行ったクセに。私には結局何も買って貰えなかったのだ。この場で今すぐ号泣したい。いくら妄想で逃げても、現実が悲惨すぎる。

「社員の諸君…」

私は涙で顔を歪めながら拳を握りしめ、朝の朝礼で会社の閉鎖を告げる。そうなると面倒を見てやった社員の対応は冷たいものだ。内心では「ウゼェーなぁ」とか「退職金は出るんだろうな」みたいな事を考えているのだろう。

当然私が愛した  は、義理も人情もなく無惨にも脱ぎ捨てられ、私の哀しみは倍増するのだ。

私の夢の結晶であるオフィスのドアには「関係者各位」から始まる業務を続行することが困難になった経緯を記した寂しいワープロ文字の文章が、ガムテープで貼られちゃたりするのだろう。

そう。夫の夢や願望は、全て嫁に阻止されるものなのだ。私には決して避けられぬ運命なのだ。男は夢に生き、女は現実に生きる。

正直もう逝きそうです。

(2004.10.1)