アルバイト初日

 

 ものスゴクひどい夢をみた…

どうやら私はアルバイト初日らしい。相当緊張しているにもかかわらず、それを相手に悟られぬよう精一杯強がっている。

場所は大草原、見渡すかぎりの青空。アルプスの少女ハイジか? 15メートル四方に低い柵。目の前には焦げ茶色のジャージに長靴、帽子を目深に被った老齢の男性がこちらを睨みつけている。

「挨拶もナシ、か…」

「は?」

「最近の若い奴は初対面で『よろしくお願いします』の一言も言えんと、ボケーッと突っ立っとる訳やな」

「す、すいません。よろしくお願いします」

性格にクセのある、どう接していいのかわからない上司だ。

「まぁ、エエわ。ようわかった。始業ベルはとっくの昔に鳴ってるんや。とっとと仕事始めるぞ。じゃあまず、さっきあまりエサを食べてなかったデュオンとシフォンにエサやってくれ」

「チ、チョット待ってくださいよ。デュオン言われても、どのウサギがデュオンですか?」

目を真っ赤にして震えだす上司。

「ワレ、さっきワシの隣におったんと違うんかい。ワシ『どないしたデュオン』言いながら頭撫でてる時、真横で見てたんと違うんかい」

「ま、待ってくださいよ。でもこれ、全部正味(しょうみ)ウサギですやん」

「ワシはその時、あえて言わんかったんや。オカシナ奴っちゃなぁ、とは思うたんや。メモも取る素振りはない。ちゃんと見てるかどうかもわかれへん。でもまぁ頭のエエ奴が入ってきたんやろう。全部暗記できてるんやろう思うて叱らずにおったらこのザマや。ナメてたんと違うか? 『働く』ということをナメて入ってきたんと違うか?」

上司はワラをすくう先の尖ったフォークのお化けみたいな道具を片手に持ちながら、もの凄い形相で睨んでいる。

「ナメてません。ちゃんと仕事をするつもりで来てます。エサをやればいいんでしょ」

それはデュオンと違うわ。シレーヌや」(怒号

上司のツバが、こちらまで飛んでくる。

「なっ、若いモンの仕事の仕方はこうや。できもせんクセに勝手に物事を進めて最後のケツ拭きはワシや。『わかりません』言うて聞こうともせえへん。プライドだけは一人前や。で、結局取り返しのつかんところまでイッてまう」

「チョット待ってくださいよ。模様とかあれば話もわかりますわ。でも、ここにおるウサギ全部白ですやん。みんな一緒ですやん」

「ほら出た。若いモンの言い訳は聞き飽きたわ。今まで何人自分のせいじゃない言うて辞めていったか。顔はなぁ、それぞれ確実に違うんや。オマエの言うてることはなぁ、人間よりも高等な宇宙人が地球に来てやなぁ、『人間の顔、みな一緒やん』って言うてる事と同じことや。オマエの顔とワシの顔が同じやなんて心外や

額に汗を滲ませながら怒る上司であるが、こっちの方が心外だと思っている。

「エサはもうええわ。後でワシがやる。それよりもまず風邪気味で弱ってるカトレーヌに、ちゃんちゃんこ着せたってくれ」

大量のウサギを前に呆然と立ち尽くす。

「あっそう。逆ギレですか。仕事放棄ですか。オマエ見学の時、ガム噛みながら見回ってたやろ。で、大将に『やれるか』って聞かれて『楽勝ですよ』って通路で言うてたの、こっちはチャンと聞いてるんやぞ。アホでもできる仕事や思うてたやろ。ワシのこと蔑んだ目で見てたやろう」

「で、ですから、カトレーヌとかシフォンとか、そもそも名前がややこしすぎるんですわ。太郎とか次郎とかなら話もわかりますけど…」

一回憶えたらカトレーヌの方が忘れへんのじゃ。ワシはあえてそういう名前にしとんじゃ。ここのルールは大将に全部任されとるんや」(怒号

しばらく続く沈黙。

「気弱げにメモでも取りながらやなぁ、初対面、必死にワシの後でもついてきたら、正直こっちも親切に教えたろか、っちゅう気にもなるわ。社会はなぁ、学校と違うんや。二回も三回も優しい先生みたいに丁寧に教えたりせえへんのや。兄ちゃん言うといたるわ。教えるところはまだ優しいわ。仕事は見ながら盗むもんや。エエか。一回しか言わへんぞ。この間にもオマエの時給は当たってるんや」

上司は大量のウサギの中から、一匹掴みとって右手を高くさしあげる。

これがベスや

「わー。そんなに早く戻したら、どれがベスかわかれへんやないですか。見失のうてしまいましたやん」

「はぁーっ。もうオマエの実力はわかった。ここはオマエには無理や。あっちの鶏舎行け。西側にヒヨコゾーンがあるわ。そこ行って、ピーコックだけ隔離してランプ当てとってくれ」

フェードアウト

(2006.4.12)