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99年度も呉エイジはコレで行くぜ。

「探偵小説”本格”派 甲賀三郎 まったくもって不遇な作家」
甲賀三郎。戦前、あの江戸川乱歩や大下宇陀児と並んで”3羽がらす”
などと世間から評された、探偵小説界の大御所。
しかし98年の現代では見る影もない。完全に埋もれた作家である。
よくリバイバルなどで”幻の探偵作家特集”などがあれば
地味井平造あたりが取り上げられるが、あそこまで取り上げられると
もうメジャーと呼んでもいいだろう。変に名が通っていただけに”埋もれた”
作家扱いできないのが逆に取り上げられにくい要素にもなってしまっていると思う。
あと戦後すぐに亡くなってしまったということ。このおかげで戦後の
日本推理作家協会のアンソロジーにも顔を出すこともなく、物語が
固かったせいか講談社の大衆文学館にもまだ取り上げられていない。
大衆文学館様、木々高太郎、海野十三のような勢いをもって、
大下の「蛭川博士」や、甲賀の「乳のない女」などを復刻してはくれまいか!
私はこのホームページを通して訴える。「どこか甲賀三郎の全集(文庫でも可)
を出版してください!」今までに選集はあっても全集はなかった。
爆発的には売れないだろう。しかしこのまま今世紀が終わってもいいのであろうか?
この偉大な先達の業績を埋もれさせてよいものなのか?
日本ミステリーの未だ答えの出ていない根本的な問題。木々高太郎との
文学論論争を纏めなくてよいのか?永久に棚上げする気なのか?
私が死ぬまでに実現するのであろうか?
そりゃ、評論家の言う国策小説やスパイ小説も甲賀作品には確かに多くある。
しかしそれが現代では全く読むに耐えないシロモノであると誰が
断言できよう?それはそれで貴重な歴史の証言なのではないか?
それよりも、そのスパイ小説の中でミステリーの味付けがどのようになされたか?
を、そろそろ再吟味しなければならないのではないか?
甲賀が戦前ここまで「本格」を口にしなければ戦後の乱歩の動向も、もしかしたら少しは
変わっていたのではないか?日本文壇は戦後、変格寄りになっていたのではないか?
私に宝くじが当たったら本気で全集を刊行したい気持ちに駆られてしまう
ちょっと気難しそうなお茶目な本格作家、甲賀三郎。
私は同情する。論争相手の木々高太郎は「人生の阿呆」で直木賞を受賞。多くの支持者を得た。
しかし文学賞と探偵小説論争は別である。屈服する必要も卑屈になることもない。
反対に甲賀は探偵小説への情熱から手厳しい本格論を提唱し周囲から
”甲賀しゃべろう”などと言われる始末。しだいに探偵文壇からも孤立していった。
業績から見れば木々の圧勝であった。しかし甲賀よ。論は完敗ではなかったのだ。
あの戦前の大量の変格作品を”探偵小説”と呼びたくなかった
という情熱は、実作では成しえなかったかもしれないが、本格作品の問題提起
という観点から見れば日本のミステリー史上、特筆に値する事だ。
私はさらに同情する。連作では一番やっかいなトリを押し付けられ
一体、乱歩は出だしであるからそれほど関係ないにしても、論理には縁の遠い
夢野久作などの引っかき回した後、以外なオチを考えなければならなかった苦労。
「君は本格支持者を自認しているんだろう?じゃ解決篇は君で決まりだね。」
といったやりとりが、あったかどうかは知る由もないが、あの渾沌とした
当時の探偵作家の中で、誠意的によく動いたと思うよ。(私は一体、誰に向かって話しているのだ?夢久のノリだ。)
そーゆーわけで、ここで甲賀ファンの声援を募集します。(集まるのか?!)メール下さい。
オラにちょっとだけ元気をわけてくれ!
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