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お題は甲賀三郎(同人誌寄稿コラム)

 

さて今回はメールで知りあえた魅惑の女性探偵小説ファンであるY女史さんが 昭和初期に活躍した探偵作家を特集とする同人誌を発行されることになり、

「私の存命中、このような企画の同人誌はもう出ないだろう」

という希少価値ある行動に強く心打たれ参加した次第です。ちなみにここで宣伝、私はマックピープルで連載させてもらっているヒヨッコライターです。機会あらば御覧ください。

んでもって「お題は甲賀三郎で」という主催者のリクエストがあり、私個人も古本屋に大枚はたいて購入するのは決まって甲賀三郎だったこともあり、テーマは即決だったのですが、まず初めに

「ムツカシイ話はナシでいこうじゃん」

というこの文章のコンセプトを明確にしておきたいのです。

だいたいもって探偵小説の世界、とりわけ評論、随筆の類いは文章が独特の世界観を持ち、その評論を楽しもうと思ったら、引用される膨大な古典作品を読んでいないと訳がわからず、平成の現代において

「疑問の3」

とか書かれていても探偵小説ビギナーには「なんのこっちゃねん。どんな作品やねん。」

と怒り狂うに決まっているのであります。

そういう垣根をとっぱらわんと素晴らしい探偵小説の作品郡は再刊もされずアンソロジーも出ず、私の予想では後2〜3年で新たなファンを獲得できぬまま絶滅します。

今の若い読者にフランクに。届く言葉で探偵小説の良さをアピールしていきたい。

むつかしい評論は他のライターさんにおまかせいたしやす。

そして興味を持たれたら中島河太郎先生や権田萬治先生の評論に進んでください。もちろん古本屋で優れた先達の残した偉業の作品群の購入もお忘れなく。

できるだけ探偵小説ビギナーの心に引っ掛かるコラムでいきたいのですが、ビギナーの声を私が代弁するとすれば、まず、

「甲賀三郎って誰やねん」

この一言からはじまってしまうんでしょうな。ははは。

まず江戸川乱歩は知ってますよね? そうそう。日本人離れしたペンネームの探偵小説界の巨人だよね。エドガー・アラン・ポーのもじりと知った時は感動したね。

で、その乱歩と大下宇陀児と。いやいや大下宇陀児は知らなくて当然、まぁ戦前に人気を博した作家のひとりだね。そして甲賀三郎を加えた三人のことを、世間では「さんばがらす」と呼んでいたんだね。

お袋の世代では「御三家」オレっちの世代ではさしずめ「たのきんトリオ」かな? いけね。トシがバレちゃうね。

要するにこの三人が探偵小説界をリードし注目され引っ張っていってた訳なんだよね。でも知らないでしょう、甲賀三郎なんて。

この前ジュンク堂書店で若い女性店員に

「スイマセン。甲賀三郎の「妖魔の哄笑」の文庫ありますか?」って聞いたのね。

そしたら店員さん

「かしこまりました。少々お待ちください。」っていいながら後ろのパソコンにむかって検索しだしたの。

最近はスゴイね。コンピューターで在庫わかっちゃうんだから。 本屋に知識はもういらないね。ほんでピーピーガーガー鳴ってるとこみると、モデムでホストに やりとりしてんだよね。

しばらく待たされて女性店員はキッパリと言い切ったね。

「甲賀三郎という名前では登録されておりません。作家ですか?」

んなアホなー。って叫びたかったよ。

「いやいや。名字は忍者の甲賀で…」

ってレジの前で説明 するのもこっぱずかしいもんがあったから諦めて帰ったけどね。なんか寂しくなっちゃったよ。

現代の書店ってこんなもんよ。新刊書店で探偵作家探すのは諦めた方がいいね。

平成11年の7月現在。大型書店に在庫あるかどうかわからないけど、国書刊行会って会社から 「緑色の犯罪」っていう結構濃い目のハードカバー短編集が出ましたが、これは古本屋で見つけたら即ゲットでいきましょう。

創元推理文庫の日本探偵小説全集は三人で一冊だから物足りない。「支倉事件」っていうべらぼうに長い犯罪実話が収録だから、甲賀三郎バージンの場合、これでイメージが 固まったとしたらソンだね。

私もファンといいつつ思いっ切り挫折して未読なんだけどもね。

やっぱ甲賀三郎って作家のラブリーなところは、なんてったって堂々としたところだね。

長編探偵小説「体温計殺人事件」

探偵作家ならこうでなくちゃね。でも頭の回転のいい読者なら体温計のメカニズム先回りしてよんじゃって機械トリックか? って見破る恐れ大だけどね。

同じことは蒼井雄の「黒潮殺人事件」にも云えちゃうね。

それでも戦前ってね、今でこそ「新本格」って読者への挑戦はさむスタイルも一般化したけどね、昔は ほとんどなかったのよ。

探偵小説ってのは猟奇趣味や変態趣味、エログロナンセンスの世界だったわけね。

信じられないでしょ? そういうのをひっくるめて「変格」って呼んでたの。で、健全な方を「本格」って分類しちゃたわけなのよね。

だって「蛞蝓妄想譜(なめくじもうそうふ)」とか「悪魔の舌」みたいな 短編がバンバン出ちゃった時代なんだもんね。

「どこが探偵小説なんじゃ」ってお堅い読者なら思っちゃうよね。

でも個人的には「変格」の方が好きなんだけどもね。

で、そういう文壇の風潮にありながら甲賀三郎は「探偵小説の王道」を声を大にして主張してた人なんだね。で、周りは90%以上が変格作家だから聞いてて耳痛いよね。あんまりつっかかるもんで

「甲賀シャベロウ」

なんてまで言われたんだって。

戦前で変態心理を除く純本格を目指した作家は「浜尾四郎」「大阪圭吉」くらいかな。甲賀三郎はなんだかんだいいつつ大衆に密着した娯楽長編を多く書いているから厳密な本格作品は意外と少ないのね。 それでも信念は「本格至上主義」だった訳ね。

日本の三大アンチミステリーといわれる小栗虫太郎の 「黒死館殺人事件」夢野久作の「ドグラマグラ」そしてこれは戦後の作だけど中井英夫の「虚無への供物」どれも「純本格」という枠からは大きく逸脱した作品ばかりだもんね。

そうして探偵文壇の重鎮である江戸川乱歩でさえ「人間椅子」や「芋虫」みたいな作品を書いて、これが また好評を博すもんだから甲賀三郎の文壇への攻撃もますます加熱するってもんよね。

「こんな作品達が探偵小説である訳がない」

って未来を懸念し続けた作家だったのよね。

一度大阪にあるかっぱ横丁っていう古本商店街で、甲賀三郎が出した唯一の評論・随筆集である 「犯罪・探偵・人生」が四万五千円の超お手ごろ価格で出ていたんだけど、その時手持ちがなくて泣く泣く姫路に帰ったなぁ。次の週、あわてて新快速で大阪に向かったけど、もうガラスケースにはなかったなぁ。「むじんくん」で借りればよかったなぁ…。

こういう後悔ばかりなので、本は「見つけたら即買う」の精神でビギナーも挑んでもらいたいもんだね。

甲賀三郎で有名な話といえば、医学博士で直木賞作家、木々高太郎との論戦に尽きるね。

こいつはホントに泥試合で、甲賀は探偵小説を「読者との知的ゲーム」という見解を持ち(おおまかな説明だけどね)対する木々は「探偵小説を芸術まで高めようではないの!」っていう無謀な主張を通した訳なのよね。

木々は「探偵小説に当てはめられる”型”に近づけば近づくほど崇高なもんになるハズ。能の世界もそうではないか!」ってチョット強引な論なのよね。

その点、純文学作家で専門作家すらビビらせる本格長編を書いた作家、坂口安吾は「探偵小説は作者と読者の知恵比べである」とスッキリ割り切ってる分ヨシだね。

まぁ甲賀三郎も分が悪かったさ。木々は「人生の阿呆」で直木賞を受賞。本業は医学博士だもんね。

なんか世間の目は木々に寄ってたんじゃないか? って勝手に推測しちゃうね。

いくら「探偵小説の王道!」ってキバって主張しても、卑屈にならざるを得ない状況だったんじゃないのかな?

それでも私思うんですが、木々先生もたいがいのスケベオヤジだと思いますよ。後年後妻をもらった先生なんだけど若妻が「先生、そのように無理をされては…」って回想されるくらい夜な夜な老骨にムチ打ってたんだもんね。

作品にしたって「眠り人形」って短編があるんですが、麻酔のミスで生きたまま眠る女房に、当時の世相では考えられない愛欲をぶつけたりしてね。

なんとかクリニックで麻酔かけた後、若い娘に思いきり一発ブチこんじゃうエロエロ先生と根本はいっしょジャン!

てな風に感じる訳なんですよね。

まぁフロイトではないですが、精力は創造の根源なのでしょうや?

木々の衝動を”陽”とすれば、甲賀の創造源は”陰”ってカンジがするのよね。

甲賀短編を読み進めていけば気が付くかもしれないけど、甲賀作品って「自分の妻の貫通疑惑」ってのが ホントに多い。またはその流れね。

ここは甲賀研究家もチェックしてないから赤線引いといてよ。

実生活でも疑心暗鬼な人だったんじゃないかな? って勘繰りたくなるような多さだね。

そういう”陰”の衝動。絶対的な他人(特に女性の奔放さ)への不信ってのが常につきまとってたんじゃないかな。作品を通してビンビン伝わってくるね。

それから甲賀の悲劇は雑誌「新青年」に掲載された出世作「琥珀のパイプ」にもあったね。

こいつはいくつものネタとプロットが交差して最後にビチっ、と嵌まるんだけども、この手法を評価されたもんだから

「これでイケる。いやイク。」

と考えたんじゃないかな。だから甲賀作品はいくつもの場面が登場するのね。

「その時、同時刻の●●では…」ってな具合に錯綜しちゃいまくるのね。

それにネタの列挙。っていう手法もマズかったね。ホント、マジでネタのオンパレード。

短編ごときに「催眠の謎」「意外な隠し場所」「機械的トリック」「宝はダイヤモンド」ってな具合にね。 きっといろいろなネタを考えながら

「先月の江戸川君の作品は好評だったな。よしそれならば更に”敵に渡ったのはニセダイヤで隠し場所はダブルミーニングでありカップル主人公が最後に手にした”これでいこう。」

ってな具合にどんどんネタを短編に注ぎ込んでいったんじゃないかな。

だからゴチャゴチャしてる感があるよね。甲賀作品は。

本人も「自分はドイル式」っていってるくらいだから甲賀の本格観は決して「読者への挑戦状」ではなく、 短編の中で二転三転するのが本流だと考えてたんじゃないかな。

なんか貶してばっかだけどね。それでもラブリーなんだな。甲賀作品は。

で、甲賀作品を読もうと思ったら古本屋のお世話にならないといけないんだけども、これは年々キビしくなってます。 短編一冊で(それもボロボロの文庫本)八千円からの世界です。

なんせ纏まった全集が(それも選集)戦後直後に一回出たこっきりですから誠にもって不遇な作家でございます。

東京にある某古本屋へ何年か前、弟と行きました折りに、本棚にビッシリと並ぶ感動的な作品群を前にして、 もちろん価格も一冊25万とかの世界だったのですが、持っていった予算では到底足りるハズもなく 古本屋のオヤジに逆に説教されてしまいました。

「戦前の作家を読むのなら一万円片手に震えて店に来てもダメなんだよね。」

私はこの言葉を胸に、もちろん古本屋側からの洗脳は重々承知ではございますが、戦前作家の作品に対しては ババーンと一冊五万円くらい平気で使える程に成長したのでした。

価格と内容が釣り合わない時は最悪ですけどね。

「さすがに再刊されない訳だ」

って笑いますけどもね。笑って五万が平気で飛んでいく強烈な趣味の世界なんですね。それでも戦前作家、特に甲賀三郎は、私にとって超ラブリーな作家であるというお話でした。 妄言多謝。

 


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