不定期エッセイ「探偵茶屋」 


★江戸川乱歩の影響

私が尊敬する、3人の人物の1人(チャップリン、乱歩、佐野元春)江戸川乱歩は私のあこがれでした。
初期に書かれた傑作短編、多くの読者を狂喜させた通俗長編、子供達を夢中にさせた少年探偵団シリーズ、いずれも日本のミステリーの中の巨大な業績として、今もその輝きは失われていません。 
その中でも一番私が衝撃を受けた江戸川乱歩の仕事、それは”自分の解説”です!



★壮大なオナニー『探偵小説40年』

江戸川乱歩は繰り返し何度も自作の事について語っています。よくこれだけ書いたな。と思う程です。その手のエッセイをまとめれば楽々1冊の本が編めます。

私が一番ひかれる所がこの、傑作に裏打ちされたナルシスト行為なのです。

乱歩の短編を読む→他の作家とは違う!感心する→エッセイ集を手に取る→さっき読んだ短編の回顧がエッセイになっている。→それを興味深く読む。→作品が完成されるまでの背景、苦労、好評の声が書かれている。→ チョーうらやましい。

と、こういう図式が成立する。

それは日記のような消極的なものなんかではない。他人に読ませる事を前提として書かれたエッセイなのだ。

これはもう壮大なオナニーだ。

もし、あなたがクリエイターならわかるだろう。しかし公のしかも販売するもので同じ事が出来るだろうか?
思ってもきっとためらうはずだ。乱歩はその辺を探偵小説の研究という衣に被せてエッセイにした。自分の歩みそのものが歴史である事を当時から自覚していたのかもしれない。

 


 

古本屋でゲットした”N2号館の殺人”(5,500円也)




出版社 春陽堂文庫
作品名 N2号館の殺人
作者名 甲賀三郎
発行日 S15.9.10
併 録 操る魔手 / 死化粧する女

 

戦前に、乱歩と肩を並べる程の人気作家だった、甲賀三郎の著書です。

戦前の探偵文壇は、変態心理や猟奇趣味が中心の作風の中、探偵小説とは理知の文学である事を説き続けた本格の作家です。

しかし、終戦直前に惜しくも死去。

生きていれば横溝正史らと戦後の本格ブームのムーブメントに参加していたに違いありません。

甲賀三郎は不遇な作家です。戦前100篇以上もの作品があったにもかかわらず、ちゃんとした形で全集が出されていない作家なのです。

それは終戦直前に死んでしまった事や、戦争中は国策的なスパイ小説に手を染め、現在では読むに耐えない作品が多かった事などが原因なのかもしれません。

今では、大きな書店で数篇しか読むことができません。もしも私が宝クジにでも当ったら、真っ先にこの人の全集を出版してみたい。完全なる形で。(当ればね。)

私が死ぬまでに出るとは思えないしこのまま埋もれていくのは実に惜しいパーソナルを持った探偵作家なのです。

甲賀作品の特徴ですが、一言でいえば”プロットオンリー”。

別の言い方をすれば”超ご都合主義的”なのです。戦前本格を提唱してきただけありタイトルに”殺人”、”殺人事件”の単語がよく付きます。

読む前は期待を膨らませてくれます、が、大抵はチープな内容が多いです。そのチープさが私はたまらなく好きなのですが…。

この”N2号館〜”も今流行の新本格作家の館もののようなムードを連想させますが…、ウーン、比べれば日本のミステリーも進化したものです。

しかし、長編に関して言えば、乱歩の通俗長編よりもプロット、強引な伏線の張り方など勝っている部分もあります。

ストーリーはというと、辻村という男が公園で放心している所からはじまります。本来はオシャレなスーツも今では汚れが目立ち、懐には10銭銅貨しかもうありません。男は大阪から上京してきたらしく、あてもなさそうな雰囲気です。
困り果てた辻村はベンチの近くに置き忘れられた新聞を読みます。するとその新聞広告には、なんと”大正十一年の10銭銅貨。五円で買います。”辻村は慌ててポケットに手をいれます。それは幸運にも大正十一年製造のものでした…。

いかにも昭和初期!!!といいたくなるような出だしではありませんか!

なぜ10銭銅貨を五円で買う人物がいるのか?動機は?それから殺人現場に偶然立ち入り無実の罪を着せられそうになったり、警官から逃走した先の家で去年の夏、海で溺れている所を偶然助けた、一目惚れをした女性との再会でかくまってもらったり、とご都合主義のオンパレードで私は震えが止まりません。

現実を無視した人のつながり作者の思い通りの人物造形、今、出版すれば袋だたきにあいそうなストーリー。

このへんが昭和初期のミステリーを愛する由縁なのです。





河出文庫から出ている"乱歩コレクション"(山前譲・新保博久 編)がありますが…

1. 乱歩打明け話     800円
2. クリスティーに脱帽  880円
3. 一人の芭蕉の問題   880円
4. 変身願望       880円
5. 群集の中のロビンソン 880円
6. 謎と魔法の物語    980円
別巻 探偵小説辞典   6800円

このシリーズは、あなどれません。

私は講談社版の乱歩文庫をパーフェクトで揃えていたので、このシリーズの事はあまり注意深く見ていませんでした。

しかし、このシリーズは解説をよく見ると今まで文庫未収録だった文章を主に取り上げているようで、小説以外の雑文、エッセイ、評論などを中心に、特に『探偵小説10年』からの引用など、さすが山前・新保コンビ!と叫びたくなるような通好みのセレクトです。

またエッセイ集か…。と思わずに。

これはオススメのシリーズです。(別巻が懐に大ダメージでしたが…)