












※ なんと美麗なトビラであろうか。
| 98年12月 ついに念願のちくま文庫版、夢野久作文庫のコンプリートを達成することができた。このシリーズは絶版ではないのだが、マイナーな本であるため、新刊書店で見つけるのは困難な部類に入る文庫である。夢野久作とは昭和初期、探偵文壇に彗星のごとく現れ、そして”読む者を狂気の淵に追いやる”と言われる幻魔怪奇の奇書「ドクラ・マグラ」を発表した後、あっけなく他界した作家である。その活動は僅かに十年。しかしそのような短い作家生活ではあったが、残された作品群は今日でも高い評価を得ており、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」、中井英夫の「虚無への供物」と並んで”アンチミステリー”の傑作といわれている。 |
| 本格ミステリーあってのアンチミステリー。そのアンチミステリーの定義に確固としたものはないのだが、現代の新本格に見られる”コード重視”の作品とは凡そ懸け離れた、日本探偵小説の開祖、江戸川乱歩の本格以外の”変格”作品(人間の異常心理などの追及)を更に拡大再解釈したものだと私は考えている。そういう意味ではミステリーの器に乗ろうとした姿勢が見られる小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」と、徹底した現実の直視から生まれた産物「虚無への供物」と、本編「ドグラ・マグラ」とをひと括りにしてしまうのはどうしたものか?無理がありすぎるのではないか?と常々思うのであるが、偏執狂的、重量級という意味においてはまさしく以上の3作は他の追随を許さぬモンスター的な作品であることに違いはない。 |
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| 夢野久作という作家は中学時代の私にとって”アイドル”的存在であった。探偵小説を読み始めたキッカケというのが、石坂浩二主演の”金田一耕助”映画を観て、翌日本屋で横溝正史の小説を買ったことに始まり、後は芋づる式に江戸川乱歩、浜尾四郎、小栗虫太郎、そうして夢野久作という順に深みにハマっていった。特に夢野久作の悪夢的作風は感受性豊かな中学生にとって圧倒的影響力を与え、健全な精神をつくらなければならない時期に、私の脳髄を支配していたキーワードは「発狂への憧れ」であった(爆)。私のペンネーム”呉エイジ”は続けて読むと”クレイジー”になるのだが、もう一つは「ドグラ・マグラ」の、人生を翻弄される主人公の名前が”呉一郎”だった事もある。 |
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| 夢野久作の立場は便宜上「探偵小説家」となっているが、それは探偵小説のメッカ、雑誌「新青年」に寄稿していたからに過ぎず、その作風は”探偵小説”の枠に収まるハズもなかった。作品の大多数は所謂”変格モノ”であり、まっとうな探偵小説は書いていないに等しい。夢野作品の特色として第一に揚げられるのは”狂人”を描いた諸作である。そのスピリットは綾辻行人の本格以外の短編にも時折姿を見せる。その描写は徹底しており、一人称の独白体で話は進められ、最後には部屋には自分以外誰もいなかった。というようなトンデモないオチが待っている。それは精神病院で壁に向かって延々と語り続ける患者を観察した夢野久作が、その卓越した想像力を駆使して纏め上げた珠玉の短編達なのである。 |
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| 作家生活を続けながら10年の推敲を重ねて完成した畢生の大作が「ドグラ・マグラ」である。紹介文には「読んだ者は精神に異常をきたすと言われる幻魔怪奇の奇書」とある。そそりまくりである(笑)。この作品はいろいろな批評家達が分析を試みている作品で、ある人は「狂人の視点から書かれた探偵小説」ともいい、またある人は「極限のイメージを積み重ねた、偶然の結果の産物」とも言っている。まず作品内の時間軸がバラバラで、主人公も登場人物も性格が作品内でゴロゴロ入れ替わり、作品をブッた切る形で新聞記事が挿入されるといった”コラージュ”の手法も駆使し、昭和10年の作として見るなら極めて”アヴァンギャルド”な作品である。 |
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| 今まで2回読んだのだが、未だにテーマがよくわからない作品である。延々と続く”アホダラ教”の叫び、”ブゥゥゥーン”という音で始まり、”ブゥゥゥーン”という音で閉じられる作品世界。考えれば考えるだけ混乱してしまう。これも作者の手の内なのかもしれないが・・。作品というよりは、夢野久作個人の脳髄の中身を文章にしたという感じである。であるから時間軸はバラバラであるし、夢のように作中人物は入れ替わるし、その設定に違和感を覚えず作品は進行するし”ブゥゥゥーン”という音が現実にかえる瞬間の音であって、本来はもっと私小説的なもの。作品を更に俯瞰して眺め、「夢野久作の脳髄の真空パック」を届けるのが最終目標であったのかもしれない。そういう言葉しか思いつかない。 |
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| 夢野久作の狂気の世界は、世紀末の現代において更に妖しい光を増す。正気と狂気のボーダーラインが失われつつある現代、保険金目当てで平然と毒物を混入したり、自分の欲望の赴くまま幼女を監禁殺害したり、時代に押しつぶされそうになった若者が人を刺したり、「ドグラ・マグラ」の発狂世界も顔負けの様相である。未読の方はぜひ一読をオススメする作家だ。”アッチ”の世界を知らなければ、”コッチ”の世界を理解できないと思うからだ。 |
完