エッセンシャルワガツマ

 

・第四章「まつりのあと…」

結局、私の至福タイムは暇を持て余した金平の手によって妨害されてしまったのである。

呉「オマエ、ほとんど喋らんかったよなぁ」

金平「別にエエねん」

呉「何がエエんや?」

金平「真の漫画家を目指す者、異性にうつつを抜かすことなく童貞を守り通すべし。って藤子不二雄の漫画入門に書いてあった」

嘘こけや!

そんな狂った乱丁本、即刻出版社に着払いで返品である。

金平「あっ、Kさん」

K「あっ、金平さんに呉さん」

角川の金平の担当である女性編集者Kさんが、こっちに向かって手を上げていた。

実はこの日のために我々二人は先に本屋へ行き、仕込みを終えて入場していた。

金平「あのぅ、前にお願いした。江口寿史先生の件なんですけど…」

Kさん「あぁ、そうでしたね。今から聞いてきますよ。多分大丈夫っすよ」

mihimaruGTのボーカル似で笑顔が眩しい。

我々は江口寿史の大ファンなのであった。「すすめパイレーツ」「ストップひばりくん」「エイジ」等、受けた影響は計り知れない。

姑息にも角川のパーティーに便乗して、サインをもらってしまいましょうという魂胆なのだ。

Kさん「江口先生はあっちのテーブルで飲んでます。サイン、いいみたいですよ」

我々二人の体はガッチンゴッチンであった。

会場の奥へ進むと…、居た! 憧れの「先ちゃん」である。

呉「お、オマエから先に行ってくれ」

金平「よ、ようし、わかった。行ってくる」

金平は不審者のような、またプチロボコップのようなギコチナイ歩き方で、単行本と極太マッキーを手に進んでいく。

金平「せ、先生っ。ご歓談中すいません。サインをお願いしますっ。金平といいます」

私は、真後ろで様子を眺めていた。

江口先生「あっ、えーっと、金平〜、守人くんだったよね」

なんと江口先生は金平の名前を呼んだ。金平は感激のあまり硬直し、私は猛烈に嫉妬した。

金平「そ、そうです。サインと大空すずめちゃんのカットをお願いします」

江口先生はニコニコと慣れた手つきでカットを描き終わると最後に握手をしてくださった。

次は私の番だ。

呉「は、はじめまして。呉エイジと申します。先生が佐野元春と対談された頃からのファンですっ」

私の声は完全に一オクターブ上がっていた。

江口先生「わー。またそんな古い話を」

先生は話をしながら自画像とサインを描き終えてしまった。

呉「あっ、先生すいません。私のペンネームのエイジは先生の漫画の「エイジ」が好きだったからカタカナにしてあるんです。エイジのカットをお願いします」

江口先生「あー。エイジかぁ、長いこと描いてないからね。描けないよ(笑)」

呉「先生っ! 原作者じゃないですか!

江口先生は既に結構お酒が入っているみたいでご機嫌である。原作者なのに、途中「こうだったよね」「これでよかったよね」と何度も聞いてこられた。

私も最後に握手をしてもらった。意識を失う前に、二人は深く頭を下げてその場から離れた。

金平「か、感無量…」

呉「俺も…。死んだら困るけど死んでもいい…」

金平「オマエ、二つも描いてもらってズルイぞ」

呉「オマエだって下の名前呼んでもらえたやないか」

豪華な巨大カーテンの陰に隠れるように窓際で頭を冷やしていると、Kさんが我々に気がついて近寄ってきた。

Kさん「どうでした? サインはもらえましたか」

金平「有難うございました。バッチシ描いてもらえました」

呉「僕は二つも描いてもらえました」

Kさんは驚いた様子で私の手にしていた単行本をシゲシゲと見つめる。

Kさん「へーっ、呉さん。二つは滅多にないですよ。良かったですね」

あぁ、東京に来て本当によかった。 夢のようなパーティーも終わりが近づいてきたようだった。巨大スクリーンには角川書店が3月に新しく出す漫画雑誌 「コミックチャージ」の説明と告知をしていた。

金平「混む前に一足先にでようか」

呉「そうやな、もう11時もまわったことだし。夢見心地のまま眠りたい。早くオンボロアパートに案内してくれ」

金平「泊めたらへんぞ」

フカフカの絨毯を踏みしめながら出口に向かって歩いていると、正面から角川の男性編集者Wさんが歩いてきた。

Wさん「おっ、金平くんに呉さん。お疲れさんです」

呉「こんばんは」

Wさん「呉さん。無事参加できたんですね。ところで奥さんには?」

呉「当然内緒で来てますよ」

Wさん「ですかー(笑)。でーすーよーねー(笑)。遠路はるばる姫路から新幹線で疲れたでしょう」

呉「いいえ、夜行バスです。それも金券ショップで買わされました

その時Wさんは目をクワッと見開いた。

Wさん「バ、バスですか。そ、それも金券ショップ。くくっ。呉さん店巡りさせられて。だはは。奥さんキッツイなぁ。ひひひっ。やっぱりやりますなぁ。ひーっひっひっ。さすがですなぁ

笑いすぎです

失礼ここに極まれり」といった風である。そりゃ雑誌編集者というものは取材は新幹線、グリーン席ってのもアリでしょう。でも私のような貧乏サラリーマンの大蔵省は自由席も許可せんのです。夜行バスも、それも金券ショップで購入という極限家計なのですっ。

しかしここまでリアルに笑われると書くしかないであろう。神よ。書けと申されるか。これもおぼし召しですかっ

Wさんは暴力的とも言える大きな腹を揺らせながら、まだ笑っている。

金平「それじゃあ混む前に帰ります。お先に失礼します」

Wさん「どーも。どーも。お疲れ様でした。お二人とも気をつけて」

満たされた気持ちのままパーティ会場を後にする。当然その夜は興奮して寝付けるはずもなかった。

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