ジ・エッセンシャル・ワガツマ
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・第五章「夕暮れの東京タワー」 床に散らばった無数のゲームソフトとコミック雑誌の隙間からゆっくり起き上がってみれば、陽はとっくに昇っており、時計を見ればもう昼前。 昨夜、遅くまで語り合ったここの主である金平は、ハッピーターンの袋の横でまだ眠っている。 嫁から下されたタイムリミットは夜の七時。 嫁「引越しで疲れてるだろうから、せめて帰りは新幹線に乗らしたる。だから時間厳守やで。早めに金券ショップ行ってきぃや」 帰りの新幹線の切符も金券ショップなのであった(号泣)。 呉「おい。金平。せっかく東京まで来たんや。もう起きて東京観光でもしようや」 金平「おぉーぅ。おはようさん。そうやなぁ。せっかくやしな。じゃあ浅草にでも行くか」 朝食兼昼食を近くのファミレスで済ませ、電車を乗り継ぎ一路浅草へ。 当たり前のことだが、東京というのは各駅ごとに姫路級の街が続く。ビルの切れ目が無い。田んぼが見えてこない。さすが日本の首都だけのことはある。 浅草の駅で降りると、やはりどこを歩いても人込みである。外国人の姿も目立った。人気スポットなのであろう。 途中、便意を催したので適当に近くのビルに入る。 金平「ん? どないしたんや。ムスッとして。ビルの中に便所なかったんか?」 呉「あぁ、あったけどな…。オマエ考えたことないか? 便所の注意書き」 金平は怪訝そうにこちらの様子を窺う。 金平「いきなり何の話題やねん」 呉「こっちがチャック下ろしながらポジションに入るやんか。そして前を見れば「いつも綺麗に使って頂き有難うございます」だとよ」 金平「それがどないしたんや。最近はどこでも普通にあるやないか」 呉「それ見て「よしっ!綺麗に使うぞ!」と何も考えずに思うこと自体、既に社会の目に見えないシステムに取り込まれてるっちゅうか」 金平「なんか佐野元春風やな(笑)」 呉「俺なんか逆に便所の回りにブチまけたろか! って気分になるわ」 金平「そないにグレんでもエエやないか」 呉「見た目は丁寧やけどもな。逆に「強烈な嫌味」にも取れるで。「お子様の脳しかない手前ェらはここまで書かないと確実に汚す。それは歴史が証明しとる」 みたいな企業の思惑がチラホラと見えへんか? 掃除の人件費が増えるんですわ。とか、掃除する者の身になれや。とか。 誰も便所に立ってワザと汚そうと思って入る奴なんか一人もおらんと思うねん。それを何か遠まわしにさぁ、キレる世代にも優しく届くメッセージの配慮みたいな…」 金平「要するにオマエはハミダシたんか?」 呉「うん」 東京は二月とは思えぬほどの小春日和である。
※ 浅草で祭り気分を味わいながら眺め歩いていると、ふいに大事な事を思い出した。 呉「ああっ、しまったぁ。論創ミステリの新刊が、とっくに書店に並んでるはずだ」 金平「ど、どないしたんや」 呉「すまん。集めてる探偵小説の話や。姫路は入荷が少なくてな。発売日に買い逃すと、手に入れるのが一苦労なんや。チョット嫁さんに電話するわ」
プルルルル。プルルルル。カチャ 呉「もしもし」 嫁「どないしたんや。引越しははかどってるか? 無駄遣いしてないか?」 呉「無駄遣いしてない。すまん。頼みがあるねん。いっつも買ってる論創ミステリの本、本屋に確認して今日買ってきてくれ。なくなったら手に入らへんねん」 嫁「なんで私がアンタの本買いに行かなアカンねん」 呉「どうせマルアイに夕飯の買い物に行くんやろ。ついでやないか」 嫁「もう書店になかったら諦めや。とりあえず確認してまた後で電話する」 ここのところパーティーのことで頭がいっぱいであり、定期購読している小説のことなどすっかり忘れてしまっていた。 しばらくすると携帯が鳴った。嫁からである。 呉「ど、どうやった? まだ置いてあったか?」 嫁「アンタ悪運強いなぁ。店の女の人に聞いたら「ある」ってさ。でも残り一冊で夕方までに売れてしまう可能性もあるから「お取り寄せしましょうか?」って 聞くから私も「はい」って…」 呉「おいおいおいおい(笑)。そこは多分「お取り寄せ」じゃなくて店の人「お取り置きしましょうか?」って言ってきたんだと思うで。お取り寄せして本が二冊になったら ワシ喜んでまうやんけ。はっはっはっは」 嫁「気ィ悪っ」 呉「へ?」 嫁「気ィ悪っ。自分で買いに行きいゃ」 呉「お、おい。急にどないしたんや。深い意味なんてないって。俺はオマエが世間に出て言葉遣いで恥をかかんようにやなぁ、注意を…」 嫁「誰が世間に出して恥ずかしい嫁やねん」(怒号) 呉「ち、チョット待てや。落ち着けや。頼むから本を…」 嫁「誰が行ってやるか」 ガチャ。プーッ。プーッ。 プルルルル。カチャ 〜オカケニナッタ バンゴウハ デンパノトドカナイバショニアルカ デンゲンガハイッテオリマセン〜 ガチャ。プーッ。プーッ。 結局、この本は買い逃してしまったのである(大泣)。 金平「ど、どうしたんや? また揉め事か?」 呉「俺の方はなぁ、大きくしようなんて、これっぽっちも思ってないねん。でもな、ピンポン玉程の雪の玉が転がるとな、 望んでないのに最後の方は雪崩で村丸呑み。みたいな事になってしまうねん」 それを聞いた金平は「た、大変やなぁ」とだけ言うと目を合わさず先を歩ぐ。 会話はそこで終わった。 ※ 金平が落ち込む私の姿を見て気を遣ってくれたのか、気分転換に東京タワーに行ってみよう。ということになった。 国民の大半が知っている東京タワーに、私は生まれてこの方昇ったことはない。ここに昇ってこそ「真のおのぼりさん」と言えるだろう。
子供のようにワクワクしながらエレベーターに乗り込む。展望台に着くと思わず「おおぉー」と声がこぼれた。 大東京が一望である。 しばらく夕焼けに照らされた街並みを眺めながらボンヤリと考え込む。 もう一年になる。金平のオッちゃんが自宅で突然倒れて、そのまま天国に逝ってしまったのは。 あまりにも急だった。さよならも言えなかった。 小6から互いの家を泊まり歩いていたので、金平のオッちゃんは「もう一人の親父」的な存在だった。 「我が妻との闘争」の単行本が出たことを、何年か前の正月に報告した時、オッちゃんは我がことのように喜んでくれた。 正直、オバちゃんは金平が漫画を描く事を反対していた。Gペンを隠したり原稿を取り上げたりするのはしょっちゅうだった。 事実、アイツは小六までは優等生であり、充分に進学校を狙える学力であった。私と漫画を共に描き出してから目に見えて成績が落ちていったので その辺りの事は今でも責任を感じている。 反対にオッちゃんは言葉でこそ何も言わなかったが、心の中では金平が夢に向かって進んでいく姿を応援していたと思う。 金平の自宅に行き、オッちゃんに線香を上げに行った時、十年振りくらいに二階にある金平の部屋に入った。 かつて二人で同人誌を作ったり、徹夜で漫画を描いていた空間だ。 部屋に入って言葉を失った。そこはオッちゃんが壁という壁に本棚を設置し、金平の連載からチョットしたカットが載った本まで全てが納められていたのである。 壮観であった。 オッちゃんの仕事はデスクワークではなく現場の仕事である。仕事帰り、汚れた作業着姿のままアニメ調の表紙が並ぶコーナーで金平の載った雑誌を探す姿というのは「異質」に映ったことだろう。客や店員から「なんだろう?」と思われたかもしれない。 それでもオッちゃんは毎月せっせと本屋に通って、場違いであったとしても金平の載った本を買い集めていた。 私も家族、親戚に内緒で雑誌に連載を持っていたが、仮に自分の親父に告白していれば親父はここまで雑誌を揃えてくれただろうか。 多分、揃えてはくれないだろう。今でさえ「家族を持ったのだからパソコンに向かうのはほどほどにしろ」と説教されるくらいだからだ。 専業か、そうでないかの違いもあるのだろうが、我が子の作品が全国に出た事実は同じだ。 そして自分に置き換えてみてもどうだろうか…。我が子の雑誌を10年間も欠かさず買い揃える。とても大変な事だ。親だからといってもなかなか出来る事じゃない。 私はそんな金平の大きな愛に包まれた父子関係を羨ましく思い、正直「いいな」と思った。 友達なんていなかった。クラスが変わればあれだけ仲がよかったのに話もしなくなった。心から分かり合える奴なんて学校に一人も居なかった。 思いついた漫画のストーリーをクラスメートに熱く語ってみても首をかしげられた。子供らしくなかったのかもしれないが空想が大きすぎて相手に気味悪がられた。 小学校五年生までは。 金平と出会ってからというもの、ずっとモノ創りに没頭した。楽しいことも辛かったことも共有した。漫画を通した青春だった。 クラスが変わろうが、通学先が変わろうが、通勤先が変わろうが。いつも漫画で繋がっていた。 オッちゃんが昔、金平の漫画のタイトルを考えてみたことがあった。何日間もウンウン考えて出てきたのが 「星の子漫学」 最初は流行とは全く無縁で、あまりにも時流に沿っておらず突拍子もないことから、二人で「なんじゃこりゃ」と思ってたけど、改めて考えてみればとても素敵なタイトルです。 僕らは皆、宇宙に住む星の子。漫画を通じて色々な事を学んでいく。 そう、僕らも漫画を通じて青春や友情や相手を思いやる気持ちを学んできたんですから。 アイツと出会わなければ僕の人生は、非常に味気の無い、孤独で寂しい人生になっていたことと思います。 オッちゃん。僕は今もまだ金平と飽きもせず仲良く遊んでいます。 2007年の3月20日。角川が初の漫画雑誌を出します。コミックチャージという本です。 オッちゃん、昔、炬燵机を囲んで砂糖醤油につけた焼き餅をみんなで食べながら、こう言ってましたよね。 「エイジ君がお話。守人が絵を描けば、お互いの得意分野だからきっとイイものが出来るやろうなぁ…」
どうですか? 二人でここまで来ることができました。アイツが漫画家を目指し上京、僕が結婚して家庭をもち十数年。 カタツムリのような歩みですが、今も二人で仲良く頑張っています。 僕が「お話」で、金平が「絵」を描く「我が妻との闘争」を連載することになったんですよ。 あっ、もしかしたら、オッちゃんが導いてくれたのかもしれませんね。 高望みはしません。大きい事も言いません。少しでも長くアイツと仲良く歩いていけるよう、どうか二人のことを見守っていて…。 「どないしたんや?」 涙で視界がボヤけたまま振り返ると、ランドセルを背負った小学生の金平が肩をたたいてきた。ような気がした…。 「そないに六本木ヒルズが珍しいか。あんまりジィーッと見てると田舎モンや思われるど」
よく見ると瞳は昔のまま、やっぱり頭からは毛がなくなり、ヒゲ面になった今の金平だ。 「そ、そうやな。そろそろ行こかぁっ」 そうさ。これからも一緒だ。一緒に楽しい事をしていこうぜ。 有意義な旅だった。濃密な二日間だった。アイツは新幹線のベルが鳴ってもまだホームで見送ってくれた。 「ありがとな」 照れくさいので心の中だけで呟く。 別れ際に恒例の握手を交わす。 「またな」 「おぅ、またな」 さぁ、これからが始まりだ。新幹線は姫路に向かって走り出していた。
第一部「東京篇」完 第二部「姫路篇」「難航の第ゼロ話」に続く |