
「死亡遊戯」
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温かい太陽の陽射しが県住の窓際で寝ている私を優しく包み込んでいた。それを邪魔する聞きなれた鬼嫁の大声。 「寝とくんか? 昼寝しとくんか? 次男ちゃんは買い物に連れていくけど残りの二人も昼寝から起きへんねん。アンタ見とけるんか?」 半分眠ったままの脳みそで返答せよ。というのも無理な相談である。嫁のロ ーキックもほっぺたひねり上げも、ポカポカ陽気の太陽の前では無効であった。 玄関の方で「チッ」という舌打ちの音が聞こえた。なんという恐ろしい女だ。それでも女か? 染色体の数は合っているのか? といった高度な疑問を抱きつつ、私は再び深い眠りについてしまった。 ※ ゆっくりと目覚めて薄目を開ける。時間は午後二時。風は冷たくなってきたが、陽射しは温かいのでいくらでも昼寝していられる。 眠 ったフリをしたまま視線を下にやると、子供二人はすでに起きて遊んでいた。 行儀良く座って何か話をしている。今の子供達は一体どんな遊びをしているのだろう。私はこのまま眠ったフリをして子供達の様子を見守ることにした。 「パパ起きないね」 「起きないねー」 「なにして遊ぼうか。おままごとでもいい?」 「いいよ。じゃあ僕がパパの役」 なんとも微笑ましい光景ではないか。兄弟が留守番中、仲良くおままごと。日頃、残業とマックに向うばっかりで子供達がどんな遊びをしているのかさえ知らなかったが、こういう心の和むシーンを見ると無条件に安心してしまう。 「アンタ! いつまでマック触ってるんや! なんべんおんなじこと言わせたらエエんじゃ」 「頼む。もう一回チャンスをくれ。俺にチャンスをくれ。」 私の体温は一秒で氷点下まで落ちた。空耳か? いや、そんなはずはない。私の意識は完全に起きてしっかりしていたはずだ。 今のは一体なんなのだ。子供達は確かに「おままごと」と言ったはずだ。 「こっちはいつでもエエんやで。いしゃりょうさえ払ってくれたらええんや」 「待ってくれ。出ていかんとってくれ。この通りや」 薄目越しのスクリーンには信じられぬ光景が展開していた。激しく畳みに額をこすりつける長男。仁王立ちの長女。 なんということだ。子供は親の背中を見て育つというが、これが彼らのスタンダードな「おままごと」なのか?! それにしても長男よ。そのリアクションは大げさすぎやしないか。いくらなんでもパパはそこまでしていないぞ。先日でも会社で話をしたばかりだ。 「呉っちの家は亭主関白か?」 「うーん。まるっきりってわけじゃないけど亭主関白寄りかなぁ」 それでも「子供の目は正直」と言うではないか。もしかしたら長男のリアクションは私の本当の姿なのかもしれない。 その場は必死で額を畳みにこすりつけていたのかもしれない。深層心理が「コリャあんまりだ」ってな具合に記憶を操作して、一晩のうちに奇麗サッパリ忘れさせてくれているのかもしれない。 「マックと結婚しいや。もうアンタにはあいそ尽かしたわ」 「俺の目を見てくれ。俺の目を見てくれ。今度は違うはずや」 後ろ向きの長女に背中からすがりつく長男。我が目を疑うシーンの連続であ る。これほどまでに私は弱々しい存在であったのか。ポカポカ陽気の陽射しの中、私 のアイデンティティは崩壊寸前であった。 「アンタとは失敗やったわ。もうアンタ には何もしてやる気が起きへんわ」 「なっ、マックするのやめるから待ってくれや。もう一回やり直してくれや。」 拳で床を殴る長男、かわいいポシェットに荷物を詰めるフリをする長女。悪夢ではないか。神よ。これはあんまりな仕打ちではない か。こんなものを横で演じられて、一体どういう風に起き上がればいいのだ。さっきから私の膀胱は破裂寸前なのだ。 「アンタとおったらいつまでたっても県住暮らしのまんまや。この金喰い虫がっ」 「これからは始末していく。無駄遣いはやめる。だから信じてくれや。俺を見捨てんといてくれや」 一瞬の静寂が部屋の中を包み込む。その静寂を打ち破る長女の金切り声。 「私の人生返してよっ!」 その言葉を聞いて尻をつきゴローンとひっくり返る長男。そして巻き起こる二人の大爆笑。 「パパそっくりでびっくりしたわ」 「お姉ちゃんもママが大声だしてるみたいで スッゴイ似てた。それでもね。お姉ちゃん」 「なあに?」 「パパの役ってスッゲーつまんなーい。」 そうです。パパはつまんなーいのです。おうちではママが一番えらいのです。パパは昆虫のように儚い存在なのです。 凄まじいスピードで幼児退行していく精神をなんとか取り繕いながら、必死になって平静を装ってみるものの顔からは血の気が完全に引き、寝たフリの蒼ざめた顔はもう完全に死人のソレであった。 このとんでもない「おままごと」が外に聞こえてはいなかっただろうか。いや、待てよ、 この「おままごと」を公園なんかで実演してはいないだろうか。県住に住む奥さん連中に我が家の実態がまるわかりではないか。これからは人目を避けながら煙草を買い に行かねばならない。 長女は調子に乗って「返してよっ。人生返してよっ」と言いながらオモチャのお皿をフリスビーのようにして長男に投げつけている。長男も笑いながらそれをかわし「生まれ変わるから。生まれ変わるから」と言いながらはしゃいでいた。 こんな状況の中どうやって起き上がろう。少しでも振動があればモレます。もう限界です。 「オマエ達、宿題はもうすんだのか?」 低音をちょっと凄ませ胸を張って言ってみようか。ここ一番、一発で親の威厳が取り戻せる言葉はなんなのか。いろんなセリフが頭の中を通り過ぎては消えていくのであった… |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「親の威厳は日頃からアピールして見せつけておくべし」
と、一言いっておきたい。
完