
「史上最大の作戦(前編)」
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この前、夫婦で新しいマックを買いにパソコンショップへ行ったのだが、嫁の「eMacはガマンしとき、その資金を元手にG5っちゅう最高のマックを今度買いにこよ」という信じられない言葉を鵜呑みにしたまま数週間。 いつまで待ってみても嫁の方からは具体的な「Xデー」の日が告げられることはなかった。 いつになるのかいっそこちらから切り出してみようか…。私はモジモジしながら台所で洗い物をしている嫁に語りかけた。 「いやぁ、ポカポカして気持ちのいい日曜日やなぁ。平和やなぁ。おおっと、そういえばそうと、この前のなぁ、新しいマックの件、結局店まで行って何も買わずに帰ってきたけど、愛機キングジョー二世の調子もすこぶる悪いし、いつ頃になったら買えるもんかなぁ。」 鼻歌まじりで洗い物をしていた嫁の背中から、陽気なオーラがみるみる引いていくのがわかった。 「ホレ、出たで。アンタはこれから家族でシロトピア公園へ遊びに行くっちゅう時にでも頭の中はマック一色や。楽しい気分も台無しや。この際やから言わせてもらうけどなぁ、この前、車乗っててフトバックミラー見たらやなぁ、あれは私より年上の女性やったわ。軽四のボックスカーに乗ってなぁ。後ろにはウチんとこみたいに子供が三人乗ってるんや。どう見てもバツ一や。そのケバい女の助手席にやで、不釣り合いに若い、ジャニーズのタッキーみたいな彼が乗ってるやんか。それでその男と子供らも、結構仲良くキャッキャッとはしゃいで上手いことやってるんや。その女の人はきっと決断したんや。アンタみたいになんべん言うてもわからん男に見切りをつけたんや。そして手に入れたのがタッキーみたいな彼や。アンタもマックと結婚したらエエがな。私もタッキーみたいな彼と人生やり直してみたいわ。」 このような無茶苦茶な会話に私はどのようなコメントをつければよいのか。 結局こうなるのだ。生き地獄は継続中なのだ。いくら新しいマックを想ってみても、心の底から叫んでみても、どうせ私なんて決して報われることのないカムラン検察官のような人生なのだ。 我ながら聞きしに勝るカムランっぷり。嫁にやられっぱなしである。 それにしても嫁の言い分はどうだ。ポカポカと暖かい日射しの射し込む平和な日曜日に、一家の大黒柱に浴びせかける悪魔のような言葉。嫁の髪の毛をバリカンで思いっきり刈り上げてみたら、そこにはきっと数字の6が三つ刻まれているに違いない。 このままうやむやにされてしまうのであろうか…。こんなことならあの時、いっそeMacを買っておけばよかった。愛機の寿命とともに私のマック人生も終わりを迎えてしまうのか。 「絶望」 の二文字が重く肩の上にのしかかっていた。 この悲惨な状況を打破する手はないものか…。突然若き日のマンガ友達(私はマンガ倶楽部だったのだ)の助言が思い出される。 「買ったよ。新しいワープロ。やっぱマンガ原稿のセリフは手書き文字よりワープロ文字の方が絶対に見栄えがいい。えっ? オマエもワープロを導入したいけど金がない? なら喰うなよ。喰わずに欲しい物を買う。それが基本だろ? そんな甘ったれたセリフよく言えるなぁ。俺の方法を試してみろよ。俺はお袋から貰った学食代を食べずに毎日コツコツ溜めて買ったんだ。確かに腹は減るけど、極力動かないようにしたり、休み時間は横になったりして無駄な体力の消耗を抑えるんだ。どうしても我慢ができなくなったら水道水をガブ飲みしてなぁ…」 会社勤めの私にこんな気狂いじみた貯蓄などできるはずがない。 「すいませーん。呉さん。この重たいダンボール。二階の倉庫に持っていってくれませんか?」 と、若い女性事務員が頼んできても。 「すまない。俺は今日御飯を食べないから極力無駄な体力の消耗は避けたいんだ。そんなことしてたら一日乗り切れないよ。失敬。」 こんなスチャラカ社員、速攻でクビである。 「アンタ。昼前にはシロトピア公園に行くで。いつまでもマックの電源をつけとらんと、エエ加減にレジャーの準備を手伝ったらどうや。」 私は雨に打たれる子犬のように、弱々しくマックのある押し入れ部屋へフラフラと歩いていった。 マックの電源を切る前にメールチェック。新しいメールが届いているではないか。 「どうせまたわけのわからないダイレクトメールか?」 件名/新しいマックの件 いつも連載愉しみにしています。しがない三十路のサラリーマンです。実は今回マックを入れ替えることになり、今まで私が使っていたパワーマックG4/400を呉さんにお譲りしようと思うのですがどうでしょう。失礼でしたらスイマセン。 神のような人はこの世にいた! 失礼もなにもない。私はその場でひっくり返った。いくぶん震える手つきでキーボードを叩く。 は、はじめましての呉エイジです。信じられません。本当にいいのですか? もし本当なら大事に使います。でも送ってくださる時、ウチの嫁は御存知の通り、極度のマック憎悪症ですので、知らない方からの荷物を受け取り拒否したり、勝手に中身を開けてマックとわかった日には私の帰宅する前に捨ててしまうかもしれません。ですから私の実家に送ってもらえないでしょうか? 私は興奮しながら急いで返信すると、マックの電源を切り慌てて部屋を出た。 「レジャーまでに一時間あるな。すまんけど20分ほど出る。いやなに、この辺では売ってないタバコを遠くの販売機で買いに行くだけや。すぐ帰ってくる」 「チ、チョット、アンタ。タバコなら行きがけに買ったらエエやな…」 嫁の言葉を聞き終わらぬうちに私は県住の階段を飛び降りて愛車のカプチーノに乗り込んだ。実家に行くためである。 「お、おかあはん。」 「な、なんや、エイジかいな。そないに慌ててどないしたんや。」 「突然やけどお願いがある。実はここに俺宛のでっかい荷物がくるんやけど、見知らぬ名前の人からくるけど受け取ってくれへんやろうか。」 「突然どないしたんよ。お母さん訳がわからんわ。一体何が届くんや」 突然の私の来訪に母親も困惑の表情を隠しきれない。 「い、いや、その新しいマックや。メールしてる人からマックあげますってきたんや。」 「なんでそんな旨い話があるんや。アンタなにか悪いことでもしてるんと違うか? 何かおかあはんに隠してるやろ。伊達にアンタを産んだんと違うで。目が泳いでるやないの。隠してもわかるんや。」 私は子供のように正座したまま下を向くだけであった。 「早く隠してる事を言いなっ!」 ギリギリの緊張感のまま後編に続く… |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「神はいた」
と、一言いっておきたい。
完