
「史上最大の作戦[後編]」
| 「早く隠してる事を言いなっ!」
お袋は潤んだ目をして叫んだ。無理もない。いきなりマックが実家に届く予定になり、それがインターネットで知り合った人というなんとも曖昧な話にお袋は不信感を隠しきれなかったのだろう。 私は小刻みに震えたままお袋を見つめ続けた。そうして私は決心をした。こんな所で躊躇している暇などないのだ。愛機キングジョー二世は瀕死の状態だし、一刻も早くニューマックを導入せねば私のマック人生はピリオドを迎えてしまうのだ。 私は実家を飛び出し愛車であるカプチーノの後部トランクに隠してあった私の単行本であるワガツマ1,2を手に取り、急いで引き返してお袋の前に立った。 「この二冊の単行本。実は俺が書いたモンなんや。でもいろいろと編集部からの事情があって、家計からマックを買わなアカンのやけど知っての通り嫁はパソコン嫌いや。ウチのマックは今にも止まりそうやし、それを知った読者の方がマックの入れ替えを機に譲ってくれることになったんや。何もやましい事はしてない。黙って来た荷物を受け取ってくれ!」 お袋は目がテンになったまま硬直していた。呼吸も止まってそうな程動かなかった。きっとお袋の脳内では今、モロボシダンがアンヌ隊員に自分がウルトラセブンである事を告げた時のBGMが大音量で鳴り響いていたに違いない。 「ど、どういうことやエイジ。母さんなにがなんだか…。アンタ、自分がパソコンでやってるのはチョコチョコとしたもんで、大したことはないって言うてたやないか」 「実はお母はんだけに報告しとくわ。この本は全部俺が書いたモンなんや。お母はんだけは俺の理解者になってくれ。腹を痛めて産んだ子やろ? 息子の偉大な業績や」 お袋は震える手で単行本を手に取った。そしてじっくりと読むこと20分。 「ア、アンタという子はどエライ事を。お父さんもお母さんも弟も出てるやないの。呉家の恥をこんな風に書いて。や、焼きなさい。い、今すぐこの二冊を焼きなさいっ!!」 焼いたところでお袋よ。この二冊は既に全国区で絶賛発売中になっているのだ。 「こ、こんな内容をエイジが書いた事をしったら向こうのお義父さんとお義母さんは…。もう会わせる顔が…。アンタはなんてことをしでかしてくれたんや。この親不孝モン」 「な、何を言い出すんや。凄いことやないか。息子の栄光の為に影で力になってくれや。最近は若い女の子も文学賞を取ってるやないか。お母はんの息子もその一員や。候補や候補」 「何が栄光や。アンタは大きな勘違いをしとるで。こんな一家の恥部を一体どんな顔して書いとるんじゃ。母さん今晩は涙が止まらへんわ」 お袋の錯乱振りはブレーキなど効きそうになかった。 「なっ、お袋だけの秘密にしといてくれや。黙って荷物を受け取ってくれたらそれでエエんや。それで全てが丸く収まるんや。秘密を守り通すのもお袋次第や。何も犯罪に手を染めてるわけと違うやないか。ここだけの話にしとってくれ。ほな、帰るで」 私は取り乱し気味のお袋を置いたまま、逃げ去るようにカプチーノで立ち去った。これでよし。これでニューマックは姫路に到着する。あとは何食わぬ顔で今から嫁とシロトピア公園に行って普通にレジャーしたらエエンや。ここが踏ん張り所や。 鼻歌を唄いながら片手でハンドルを切り、県住に向かっていたその時、ポケットで携帯が鳴った。着信はオヤジからだった。 「エ、エイジ。お母はんから今泣きながらパチンコしてる父さんに電話掛かってきてビックリしとるんやけど、オマエの本が本屋に並んどるっちゅうのは一体どういうことや」 私の一番知られたくない秘密が、まるで拡散波動砲のように拡がっていく。 お母はん。言うた尻から速攻コレかい! 誰にも言うたらアカンってあれ程頼んだのに全然意味がないやないか。 「な、何言うてるんや。父さん。俺の説明が少しヘタやったわ。俺のよく知ってる人の出してる本や。困ったなぁ。お母はんの早とちりも。気にせずパチンコ続けといて。お母はんにはもう一回説明しとくわ」 私は目を剥き出しながら慌てて実家にダイヤルする。 「お、お母はん。あれ程他には言うたらアカンて頼んだやないか。速攻で父さんにバレとるやんけ。どういうこっちゃねん。」 「だってエイジ…。もうお母はん何がなんだか…。あんな事いきなり聞かされてお母はんどないしたらエエのん?」 「父さんは上手く誤魔化しといたから。あとはお母はん次第や。俺が離婚するのもお母はん次第や。お口にチャックやで。可愛い孫らと離れ離れになってもエエんか? 息子の栄光の為に力を貸してくれ。もう俺一人じゃ限界なんや。協力者になってくれ」 「離婚はお母はんかなわんからな。黙っとくけどアンタは大きな勘違いをしてるで。何が栄光や。ただ実生活で嫁ちゃんに言い返すことができへんうっぷんを本で憂さ晴らししてるだけやないか。大げさに書いてからに。嫁ちゃんはあんな子やないで」 な、なんという嫁の実生活での演技。お袋に完璧な信頼を寄せられているではないか。違うのだお袋よ。本当の嫁の姿は…ええぃ。話が面倒になるから大げさに書いたということにしておけ。 数日後、夜にピンポーンと県住ドアが鳴る。 「アラ、お義母さん。こんな遅くにどうしたんですか? エエッ? なんですか? その大きな箱は。」 お袋は大きなダンボールを一人で三階まで持って上がってきたようだ。震えながら奥の部屋で展開を見守る私。 「じ、実はな、お母はんの知り合いがな。パソコン粗大ごみに出す言うて、聞いてみたらマックやん。エイジのウチも確かマックやったから持ってきてみたんや。」 お袋も震えながら完全にセリフが棒読みである。ロボトミー手術を受けたかのようだ。 「ホ、ホンマかいなお母はん。どれどれ。チョット開けてみるで。オオッ、これ俺のマックより新しいわ。十分使えるマシンや。新しいの買わんで済むわ。ありがとうお母はん」 私のもかなりワザとらしい演技である。嫁を見ると「二人とも今日はどうなっとるんや」という顔で怪しんでいる。しかしキングジョー三世は無事我が家に搬入された。 私は号泣しながらニューマックに頬擦りする。嗚呼、待ったこの日…。皆さん。OSテンはやっぱり快適でしたっ |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「また一つバクダンを背負ってしまった…」
と、一言いっておきたい。
完