
「アウトなアウトドア」
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「いやー、大丈夫ですってば。それに勿体無いですやん。三家族で分担して、結構な量の肉も買い込んでるのに。そりゃ冷凍してもいいですが、せっかくの高級なお肉の鮮度が落ちますやん。ねっ、幸い外は風だけで雨は降ってないし、絶対できますって。バーベキュー。前から決めてたことだし、子供達も楽しみにこの日を待ってましたし。やりましょ、シラカバの奥さん。とりあえず行きますわ。約束通り夕方四時集合ってことで。」 嫁は一方的に喋り終えると受話器を置いた。安普請の県住の窓は強い風でガタガタと大袈裟な音をたてて揺れている。確か今朝のニュースでは四国に大型の台風が上陸したハズだ。 「オ、オマエ、電話で一生懸命何を決めてたんや。」 「ホレ、アンタは自分の興味のない事には記憶力ゼロや。前に五階に住んでて、川の向こうに新築建てて出ていったシラカバさんとこと、保育園で一緒に遊んだ小谷川さん一家と、一年ぶりにシラカバさんの家でバーベキューするって二ヶ月も前から決めてたやないか。何回も今日の日のことをアンタに話してたで。アンタは生返事してただけやけどな。ヤル気あるんかい。部屋の中でマックばっかりで、子供らのためにアウトドアしようっちゅう気にはならんのかい。今日のことまったく憶えてないんかい。アンタの脳みそに溝はあるんかい。」 罵詈雑言が日常会話になりつつある我が家であった。それにしたってひどすぎる。そこまで言わなくともよいではないか。亭主保護団体のコレクトコールは何番であったか。 「アウトドアってオマエ、まさか今日ヤル気と違うやろうなぁ。そ、外を見てみい。重たい雲で空は灰色。風はバンバン吹いてるやないか。こんな日にどこの家がバーベキューするんじゃ。それにさっきの電話の雰囲気は、シラカバさんの奥さんも困ってた感じがしたぞ。延期や、延期。」 「ちょっと薄暗いくらいで、この軟弱モンが。マックに向かう姿と正反対やな。休みの日といえば、デパート巡りとかばっかりで、全然男らしいレジャーに縁のない生活なんてもうウンザリ…」 聞いている私は途中からなだめるのに必死であった。確かに焼き肉食べ放題は魅力ではあったが、外は大型台風だぞ。ヤケでアウトドアをするのか? 次第にヒステリックになっていく嫁を止めるには「やります」と言うしか方法はなかった。 ※ 「風もそんなに無茶苦茶吹いてないし、これなら全然問題なさそう」 超ノリノリなのはウチの嫁と三家族の子供たちだけである。シラカバさん家族と、小谷川さん家族は「集まってはみたけど、本当に決行するとは思わなかった」という表情を隠しきれぬままの参加である。当たり前だ! 私は今日が初対面である小谷川さんに会釈をした。シラカバのダンナ様とは、およそ一年振りのバーベキューである。 「や、やっぱりやるんですね」 シラカバのダンナさんが心細そうに小声で聞いてくる。 「そうみたいです…」 立ったまま小声で返事をしている、真後ろから閑静な住宅街に不釣り合いな程の嫁の大声が響き渡った。 「アナタ! 立ってるだけと違うやろうなぁ。小谷川さんの御主人はもう材料をお皿に移し替えているのに。早く炭に火を点けて」 私だって少しはアウトドアを学んだ。中央に買ってきた着火材を置く。これで楽勝かと思ったのだが、ライターで火を点けてみても強風ですぐに火は消えてしまう。心なしか風が強くなってきたようだ。この悪条件の中、一体どうしたものか。それぞれのダンナ様は庭で組立テーブルをセッティングしたりと忙しそうだ。私が火の係長に任命されたからには決して失敗は許されない。なんとかして火を点けなければ格好がつかない。呉家末代までの恥である。考えよ、人間は考える葦ではないか。そうだ。この新聞紙の束を起爆剤にすればいいのだ。 私は新聞紙の束を炭の上にかぶせ、下から火を点けた。新聞紙が風除けになって炎はたちまち大きくなった。 「く、呉さんの御主人、そ、そんな束を、何やってるんですかっ」 と、二人の御主人が言い終わらないうちに、強風に煽られて新聞紙達が燃えながら飛んでいく。それはもう華麗な光景だった。 「ご、御近所が火事になるっ!!」 シラカバさんが慌てて新聞紙の束を引っ張りだすと、地面で踏みつけながら火を消してくれた。私に集まる絶対零度の視線。その中でマグマのように燃え盛る嫁の痛いくらいの熱視線ビーム。だからアウトドアはイヤなのだ。インドアの私に頼む方が無理な相談なのだ。 「ま、まぁ、火は私が点けますので先にカンパイといきましょう」 温厚そうな小谷川さんの御主人が穏やかに場を仕切る。いい人だ。 そして缶ビールのまま乾杯の中、私ひとりが100%ジュースである。以前行ったバーベキュー大会で私は酔い潰れてしまったので、その反省から私だけがジュースなのだ。その直後、とうとう小雨も降り出してきた。最悪のコンディションである。 「ま、まぁこんなバーベキュー大会も滅多にできないことですし、オツなもんですよね」 シラカバさんが小雨の降る中、もうもうと広がる炭焼きの煙をかき分けながら肉に箸を伸ばす。 私も雨の中焼き肉を食べていると、真正面の家の二階で人影が動いた。雨が降ってきたので雨戸を閉めにきたのだろう。パッと見は吉岡美穂に似た綺麗な奥さんであった。雨戸をしめる時、奥さんは一回こっちを見て、もう一度確認するかのようにこちらの庭を凝視した。 「バ、バーベキュー?」と言いたげな目であった。 「アンタ、食べてばっかりと違う? 焼き係になって皆さんの分も均等に分けてね」 と、嫁が言い終わらぬ内に巻き起こる突風。飛んでいく焼き肉のタレが入った紙皿。奥様方のスカートに飛び散るタレ。 「キャー、ギャー。」 会場は大パニックである。こんな最悪なバーベキュー大会など見たことがない。 「ア、アンタが皆さんの紙皿を持ってないからこんなことに、す、すいません、大丈夫ですか?」 全員の皿を押え続けるって、そんなの不可能やんっ! 嫁の常識も理論も全く通用しない命令に、私はただ黙って飛び散った紙皿を回収して回るしかなかった。 「ま、まぁアクシデントも楽しい思い出ということで、気分を変えて子供たちに花火でも」 嫁は場を盛り上げようと必死のようだが、なんだかどんどんドツボに嵌ってるような気がする。地面に買ってきた花火セットを並べる。結構買い込んできたみたいだ。 その時、斜め向かいの車庫から温厚そうな紳士の乗る高級車が徐行しながら近づいてきた。紳士は窓越しから一回こっちを見て、もう一度確認するかのようにこちらの庭を凝視した。 「は、花火ですか?」と言いたげな目であった。 「お、奥さん。確かに子供たちは喜ぶでしょうが、今日は危ないと思いますよ」 冷静な小谷川の御主人がたしなめる。広がる沈黙。誰もが「やっぱり雨の日にバーベキューなどするもんじゃない」と思っているハズだった。その沈黙に耐えきれなかったのはシラカバの御主人であった。 「もー。呉さんの御主人ったらぁ、一人だけシラフっていうのもズルイなぁ、せっかく集まったんですから缶ビール一本くらい空けましょうよ。本当はこれくらい5、6秒で空けられるんでしょ? ささ、一気、一気」 シラカバさんが缶ビールを私に勧める。5、6秒など無理に決まっておるではないか。それでも乗せられると断れないのがB型の哀しい性。シラカバさんのイッキコールはいつしか全員のコーラスに変わっていた。 「そ、それじゃあ、まぁ一本だけよばれます」 たかが炭酸水ではないか。コーラを飲む要領でヤレばいいのだ。お酒だと思うから気持ちから負けてしまうのだ。私は目を瞑ってビールを一気に流し込んだ。憶えているのはそこまでである。 後から聞いたのだが、その場で倒れた私を両方の御主人が抱えて部屋まで連れて運んでくれたそうである。それを嫁の筆談で教えてもらったのだ。あれからだいぶ経つというのに嫁は「筆談」というコミュニケーションを変えようとはしなかった。 全然まとまりのなかったバーベキュー大会であったが、私が倒れた瞬間、初めて全員の呼吸が合ったらしい。 「早っ!」 その声は見事にハモっていたという。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「イベントの失敗は全て夫の責任になる」
と、一言いっておきたい。
完