
「戦慄のボードゲーム」
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「ウチの嫁は頭の後ろにも目がある妖怪なんですっ!」 と、誰かに相談してみたくなるのだ。例えばだ。嫁は食べ終わった食器を台所で洗っている。子供たちはオモチャで好き勝手に遊んでいる。私は読みたくもない新聞を眺めながら、マックに向かうタイミングを今か今かと見計らう。こっちはもう、愛機「ビルガモ」に遭いたくてウズウズしちゃってるのだ。 そろそろ大丈夫だろう。と思いながら立ち上がった瞬間に嫁が叫ぶ。 「アンタ、テーブルの湯飲み、こっち持ってきて」 愛機に向かうタイミングを見事なまでにブチ壊してくれる。台所で呑気に洗い物をしているようでも、全身から恐ろしいまでの張り詰めた「気」を発し、私がマックの部屋へ行こうと思っただけで、間髪を入れずに阻止されてしまうのだ。これが妖怪でなくて何だと言うのか。 「ねぇー、ママー。明日は学校お休みだし、みんなで遊ぼうよー」 長女ちゃんが鬼嫁にしがみつく。 「エエなぁ。パパも新聞読んでヒマそうやし。よっしゃ。この前買ったきりで一度も遊んでないボードゲームをみんなでやろか」 マック行きを阻止する上手い口実ができて、嫁はこちらを見ながら不気味に笑う。怖すぎですっ。 「これで今宵のマックタイムは完全になくなってしもうた…」と、うな垂れる私の横を、子供たちは大ハシャギで机の上をモーレツな勢いで片付けながら準備する。ルーレットを順番に回してマスのイベントに従いながらゴールを目指し、最終的に大金持ちになったものが勝者になるというシンプルなルールだ。子供の頃、何度か遊んだ記憶がある。 「準備はオッケーか? じゃあパパが一番にやってみるぞ。それっ」 やり始めれば家族でボードゲームというのも案外楽しいものだ。子供に返ったようにワクワクしてくる。結局、一番ノリノリになっているのは私のようであった。 「えーっと、職業を決めてください? 専門職とサラリーマンコース? ここはバクチは止めて堅実なサラリーマンコースだ。収入も一定で安定してるしな」 私がサラリーマンコースにコマを進める横から、なにやら重苦しい気配が漂ってくる。 「ゲームの世界でもアンタはサラリーマン…、か…」 嫁はまるで獲物を狙うスナイパーのような、冷たく鋭い視線で一点を見つめながら動かない。エエやないか。ゲームの世界でどんな仕事しても俺の勝手やないか。 嫁は私の真横から小声で呟くので、子供たちはオカシナ空気に気がつきもせず大喜びのままゲームを進める。嫁がルーレットを回す。私と同じマスに止まった。 「や、やった。同じマスに後から来た人は「追突」になるから修理代一万円を支払う。ささっ、耳そろえて払ってもらいまひょ」 嫁は不敵な笑みを浮かべながら私の目の前で紙をちらつかせた。 「アンタと違ってな、私はスタートから人生設計してるんや。スタート時にちゃんと自動車保険に入ってるから無効や。備えあれば憂い無しや」 リアルな世界から離れ、今は虚構の世界にいるはずなのに、やはり嫁にはムカついてしまうのであった。 「ようし、今度はパパだ。えーっと、最新型の携帯電話に買い替える。三千円支払う?!」 その途端、再び耳元で悪魔の呟きが囁かれる。 「ゲームの世界でもアンタは収入より出ていく金額の方が大きいんか…。染みついてもうとるんか…」 知らんがな。マスに書いてあるから仕方ないがな。どうもゲームのイベントで自分自身が墓穴を掘ってしまっているようだ。 先頭を行くのは私のコマなのだが、増えていくのは「約束手形」ばかりである。どうなっておるのだ。不良品か! 「ようし、ここから3を出せば出世ゾーンに入って給料アップだ。神よ、3を出したまへ」 私が必死に神頼みをする横で、氷のように冷たい気配が扇風機によって運ばれてくる。 「せめてゲームの世界だけでも、部長さんくらいになったれや…」 からめるな。頼むからゲームと現実をからめるな。そんなプレイで楽しいのか? 嫁よ。私は半泣きになりながら嫁の回すルーレットを見守る。 「えーっと、マイホーム購入? 好きな家を選んで買うことができます?」 イヤな予感が体中を駆け巡る。ボードゲームさん、それは我が家ではNGワードですっ。嫁はフッと笑うと全員が見守る中、台所に向かい、手慣れた手つきで缶ビールを空け、周りを無視したままスゴイ勢いで飲みだし、静まり返った輪の中に戻ると片膝を立てながら家を選び出した。 「せめてウソの世界だけでも一番デカい家にしとこか…」 嫁は自分のコマの色の旗を家に突き刺した。割れます。そんなパワーで刺したらボードが割れます。 し、しかし、これって家族でワイワイと楽しい気分になる類いのものではなかったか? 我が家では全然楽しくありましぇん! 恐れおののきながらもゲームは進行し、夫婦の水面下での冷戦を子供たちに悟られぬまま、多額の借金を抱えて私がゴールした。早くこんな自爆ゲームは終わらせて寝てしまうに限る。 「なになに? 一番にゴールした人は賞金が出ます。子供は一人五万円に変えれます。じゃあ三人産んだから15万円や」 その途端、今まで笑顔だった子供たちの顔が凍りつく。 「私たち売られるんだー」 「五万えーん」 ちがうんだ。これはゲームのお話なんだ。泣きやみなさい。言うな。お給料が少ないから売られるんだとか言うな子供たちよ。もっと子供らしいことで泣きなさい。 いつまでたっても泣きやまぬ子供達。嫁は周りの声が聞こえぬのか、ゲームで建てた家をボーッと見ている。床には握りつぶされた空き缶が寂しく転がっていた。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「ゲームの世界でも尻に敷かれる運命は避けられない」
と、一言いっておきたい。
完