
「ぺてん師と癇癪女」
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「ただいま」と、ようやく虫の鳴くような声で嫁に帰宅を告げると、私は残業で疲れ切った身体を引き摺りながら風呂場へと向かった。 安息の地。それは風呂。 冬場、私のマイルームは暖房器具の類いは一切置いて貰えず、それはマックの置かれているタンス部屋に私が長時間こもることを妨害せんがための嫁の策略なのであるが、そのために私は家の中であるというのにヒザには毛布、パジャマの上にジャンバー、手には指先の切ってある軍手を装着し毎夜マックに向かわなければならないのだ。 風呂は私の疲れを癒すだけではなく 「ホームページの更新前に充分身体を温めておく」 という意味もあったのだ。 肩まで湯船に浸かり、ホッと一息つく。 それにつけても驚かされるのがコンピューターの世界の進歩の早さよ。 世間では「G4」だの「マックOS X(テン)」だのと、新機種、新技術で騒がしい。 ついこの間嫁に屈辱の土下座をして買ってもらった愛機パワーマックも、そろそろ背中に死の影がしのびよっていた。 「土下座を越える頼み方など果たしてあるのだろうか…。」 昔に比べてマックが安くなったとはいえ、20万円からする買い物である。月2万円の小遣いではどうすることもできない。 飲まず、喰わず、タバコ吸わず、ファミコンソフト買わずで一年間だ。そんな生活、年末には発狂している。 かといって芸の無い土下座をただ繰り返すだけでは、嫁とて今度こそは愛想を尽かすであろう。 「頭を丸めたら買ってくれるだろうか…。」 イカン。イカン。そんなことをすれば会社に行けなくなってしまうではないか。タイムカードを押す前に即クビではないか。そもそも「丸ボウズ&土下座」にどんな効力があるというのか。 「為す術なし…か…。」 私はそろそろ30歳の渋味が出てきた哀愁漂う眼差しでシャワーのコックに目をやると、とりあえずの煩悩を絶ち切るべく頭を洗うことにした。 すると先に入ったバカ嫁がシャワーの向きを浴槽に向けていた為、まだ温もっていない冷水が私の頭を容赦なく直撃した。 「つ、冷たいっ。冷たいっ。」 浴室の壁でしこたま後頭部を打ち付けた私は、踊りながらもようやくシャワーのコックを閉じる。 これはもう「遠隔操作家庭内暴力」といってもいいだろう。 せっかく温もった上半身は完全に冷えきってしまった。 気を取り直して再び湯船に浸かり込む。 よくコギャルの皆さん達が「オジサマの哀愁漂う背中がステキ」みたいな事を云うようであるが、なにも全部が全部ガウンにフカフカのスリッパを履いて、ワイングラスでワインを飲む。とは限らないのだ。 現実世界では私のような哀愁生活が殆どなのではないだろうか。 ※ 嫁「ちょっとアンタ。」 タオルで頭を拭いていた私の身体が、嫁の一言で硬直する。一日中持続する緊張。 ネズミとて、狭い箱に3日も閉じ込めればストレス死にするそうではないか。そのうちに私は極度の緊張で死んでしまうのではないだろうか。 呉「ん? 何?」 嫁が目をつぶって座っている時は、癇癪を起こす前兆である。 あまりこの時点で刺激してはいけない。私はピッチをあげてパジャマに着替える。 嫁「ちょっとココ座って。」 呉「は、はい。ただいま。」 あくまでも低姿勢な私である。 嫁は私が茶ぶ台に座るやいなや、右手を勢いよく天空にかざした。 嫁「これは一体…どういうこっちゃねん。」(怒号) そのままフルスイングで右手を茶ぶ台に叩きつける。私の夕飯はどうにか味噌汁が一部飛び散っただけで、全部は倒れずに済んだ。 呉「な、なんやねん。座るなり大きな声出して。見てみい。子供らを。」 隣で寝ている子供の二人ともが、眉間に険しいシワを寄せていた。 呉「なんで帰ってくるなり怒鳴られなアカンね…ん?」 フルスイングで茶ぶ台に叩きつけられたのは、一通の封筒。宛名は「アスキー」。 その瞬間、私の髪の毛は一瞬で総白髪になるかと思われた。 呉「あ、あぁ、それね。」 とりあえず笑顔でこの緊迫したムードを取り繕う。しかし笑顔とはいっても今の私の表情は分類不可能の歪な表情であったことだろう。 嫁「一応、開けさせてもらいました。」 嫁は怒りのため全身を小刻みに震わせながらの会話だ。 嫁「アンタ、これもしかしてマックピープルにプログラムのコラムを書いてる原稿料と違うの?」 呉「う、うん。そうやなぁ。」 嫁「そのコラムは「書かせてもらっているからお金は貰っていない」ハズやったんとちゃうの?」 なんたる不覚。夕刊はいつも私が取る役目になっていた。アスキーからの振り込み通知は午後に届く。 嫁に見つかる前にポケットの中に隠していたので、今まではなんとか見つからずに済んでいたのである。 しかしどういった手違いか、今回に限ってどうやら午前中ポストに入ってしまったようだ。 誰だ? バイトの若造か? 殺す。 嫁「アンタ私に「貰ってない」って断言したよなぁ。ただでさえ「こどもチャレンジ」や「ブックローン」の支払いがあるってのに、まさか隠してないよなぁ。」 一本調子の暗い声が更に恐怖を加速する。 絶体絶命である。呉家最大のピンチだ。このままでは実家&離婚届は目に見えている。どうにかせねば。家庭の危機を救えるのは私しかいない。 身から出たサビであるのはこの際置いといてだ。 何か話せ。話ながら辻褄を合わせろ。仮にもホームページの世界では「師匠」と呼ばれる男ではないか。 呉「あぁ、この振り込み通知ね。形だけ送ってきたのね。」 嫁「形だけ? 一体どういう事よ。」 どういうことなんだ? 俺。 呉「んーっとね。そうそう。マックピープルの挿し絵ね。蛭子さんが描いてくれてるのよ。」 嫁「蛭子さん?」 呉「そーそーそーそー。スーパージョッキーとかでイラスト出てたでしょ?」 嫁「それがどないしたんよ。」 呉「そ、それでね。そんなスゴイ人でしょ。僕が指定したのよね。」 嫁「それとこれとどういう関係があるのよ。」 呉「だから普通は原稿料を貰えるんだけど、僕の場合凄いイラストレーターさんだから、イラスト料だけで予算がなくなっちゃうの。だから形だけ私に原稿料を払ったって紙は残るけど、全部蛭子さんに行っちゃってるの。」 私は一気にまくしたてた。破綻は…どうやらしていない。 嫁「ふーん。」 呉「納得? 金より名誉を選んだ訳ね。」 汗が吹き出る。喉は乾ききり声が出ない。湯上がりに何も飲んでいないからだ。心身ともの極限状態。しかし最悪の事態は避けられた模様である。我ながら自分のぺてん行為に感心する。家庭の危機は守られた。 嫁「あのさぁ…。」 呉「ん? 何?」 嫁「そのコンピューターのコラムの挿し絵一回見せてよ。」 泣きっ面にハブである。一難去ってまた一難。全国に暴露している我が家のケンカ事情。こんなもんが嫁にしれたら離婚どころか刺される。 呉「んーっと。あのね。世の中ウインドウズでしょ?」 嫁「コンビニで見たよ。ウインドウズ2000ってやつ?」 呉「そーそーそーそー。世の中の99%がウインドウズなのよ。でもって姫路って田舎でしょ?インターネットもコンピューターもかなり遅れてる訳なのよね。」 嫁「それで?」 呉「そ、そんなマニアックな本は…、姫路には…、無いっ。」(許せよ、マックピープル。) 嫁「ええーっ。蛭子さんのイラスト見れへんのん?」 呉「こ、神戸まで行かな…、無いっ。」(ウソつきチキン野郎) 嫁は残念そうな顔をして台所に立ちお茶を入れ始め、ようやく私は夕飯にありつくことができた。どうにか嵐は去った。 その夜、悪夢にうなされたのは云うまでもない。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「うなづけばお終い」
と、一言いっておきたい。
完