「地獄行脚」


 

今から思えば、要するに「ハメられた」ことになるのであろう。

帰宅して部屋の奥を覗くと、寝ているハズの子供たちがいない。

呉「あれぇ? 子供たちどこ行ったの?」

嫁「先におじいちゃんのとこ行ってる。ウチらも今日は実家でご飯やで。さっ、早よ行くで。」

私の両親は、私達の県住の近くに住んでいる。今日はどうやらそっちで夕食らしいのだ。夕食とはいえ、あと数時間で次の日を迎える時刻だ。子供らは先に行ってるというが、完全に寝ている時間である。

何かオカシイ。

嫁「仕事で疲れたでしょ。私が家まで運転していってあげる。」

やはりオカシイ。

嫁に連れていかれるまま、実家の居間に入ると両親は並んで座って真剣な顔付きだ。開口一番、

親父「まぁ、そこに座れ。」

である。私が炬燵に入るやいなや、親父は大声で一方的に喋りだした。

親父「昨日の晩父さんが電話取ってな「ヨメ」ちゃんが急に電話してきて母さん風呂入っとるし「ヨメ」ちゃんは途中から泣き出すし「会話がないんや」とか「部屋にこもる」とかさっぱり要領を得んし昨日は母さんと遅くまであれこれ心配しとって思い出す単語言うたら「マックがみんな悪いんや」とか「マックに奪われた」とかってオマエそもそもマックってなんやねん?

私は今母が持ってきてくれたお茶を、もう少しで前に押し倒すところであった。

呉「(は、図られた…。)

キッ、と嫁の方を睨むと、二人でいる時とは全然違う弱々しくも痛々しい、まことにあっぱれな悲劇のヒロインぶりである。女とはつくづく恐ろしい。

呉「チ、チョット待ってくれや親父。これは一体何の集まりやねん。」

親父「だから事情は今話した通りや。オマエ達の夫婦生活が上手くいっとらんみたいやさかい、それも原因はどうやらエイジの方にあるみたいやから説教するために呼びつけたんや。」

家族の為に貴重な時間を売って生活するための糧とする。疲れ切った身体で帰宅してみれば嫁に連れられるまま地獄の道中だ。こんなヒドイ話があっていいものか。

呉「そ、そんなたいそうな話やない。両親二人目の前にしてワシが説教される事なんてないんや。」

親父「オマエは黙っとれ。さっ「ヨメ」ちゃん。ここで言うてみ?」

嫁は間を置いて言葉を詰まらせる演出だ。私の両親に溜まりきった理不尽なストレスを公開し、私のマックライフを根絶やしにするつもりなのであろう。卑怯も極まりない。

嫁「まずエイジさんは仕事から帰ってきて一言も夫婦の会話を交さずパソコンの部屋に行くんです。」

嘘こけー。食事中、オマエはワシの横に座り、近所の情報や井戸端のうわさ話を逐一報告しとるではないか。○号棟の奥さんの所に若い(不倫相手っぽい)男が怒鳴り込んできた。とか、先週の粗大ゴミで可愛い子供ダンスが捨てられていたがあれは惜しかったとか、何故私が知っているのか。私の両親の前でなんという大嘘をつくのだ。

親父「エイジ。いかんぞ。それはイカン。夫婦の会話は大事な事だ。おろそかにしてはイカン。メシ喰ったらサーッと二階上がってファミコンしよった学生時代といっこも変っとらんやないか。」

呉「ご、誤解や親父。そんな、会話がいっこもない訳ないがな。大袈裟に言うとるんや。真に受けるな。」

嫁「いいえ。二、三分くらいしか話しません。」

たいがいにしてくれ。二、三分でメシ喰えるわけないがな。親父もお袋もそこで大きく首肯くな。考えたらわかることやないか。

父「かなり深刻みたいやな。ええかエイジ。「ヨメ」ちゃんはオマエの家政婦と違うんやからな。そらオマエも仕事でシンドイやろうが「ヨメ」ちゃんも家事で忙しいねや。そんな趣味ばっかりに没頭しとってオマエはダンナとしての自覚があるんか?」

呉「だからメシの時間はちゃんと会話してるって。確かに早よ寝なアカンから急いでパソコンには向かうけどな。それでも一日二、三分の会話は大袈裟や。」

嫁「毎日メール見なアンタは死ぬんか?!

嗚咽交じりの迫真の演技だ。この一言でウチの両親からはたっぷりと同情を買ったことだろう。女優顔負けである。

親父「まぁまぁ、落ち着くんや。「ヨメ」ちゃん。」

なんだかだんだんと私の形勢が不利になってきた。旗色は最悪である。先ほどから同じ部屋にいてお袋が一言も言葉を発していないのに気が付いた。私と嫁と親父の大声が交差する中、チラとお袋の方に目をやる。

するとお袋はまばたきもせず、瞳には今にもこぼれ落ちそうな涙でジッと私の方を見ていた。

な、なんでそんな悲しい目で俺を見るんや。お袋。俺はただホームページを更新しとるだけやないか。何も人を殺したとか、シャブに手ぇ出したとかいう訳やないがな。そんな寂しそうな目で頼むから見んといてくれや。

とんでもない所まで話が大きくなってきていた。目の前には腕を組み唸りだす親父、その横にはまばたきもせず今にも泣きそうなお袋、斜めには泣きながら私の罪状を訴える嫁。

親父の腕組みして考え込む瞳には「極道息子を改心させねばならん」という強い意志の炎が容易に見て取れた。

何故このような目にあわなければならないのか。私は人畜無害の大人しい人間だ。親に泣きながら説教される人生は送っていない。

親父「エイジよ。そのなんだ? パソコンには毎日向かわなアカンもんなんか?」

呉「パソコン雑誌にプログラムのコラムを書いてるからな。仕事の依頼のチェックは毎日欠かせんのや。」

親父「仕事てオマエ。それは収入があるんか?」

呉「な、無いっ。」(大汗

ここは強気に「ある」と言いたい所だが、そうなると私の「ぺてん行為」がすべて露見してしまう。説教される今、私のぺてん行為は裏目裏目に出てしまっていた。

親父「収入がないとなると完全にオマエの趣味の世界やないか。父さんは身勝手な話やと思うがなぁ。」

嫁「お義父さん。別に収入があったとしても、私、そんなものいらないんです。貧乏でも構わない。そんな副収入よりも一緒にテレビみたり、夜に話したりする「ささやか」な家庭が小さい頃からの夢だったんです。」

呉「(オ、オマエなかったらなかったで怒り狂うやんけ!)

親父「情けない。エイジ。お前は一体どういうつもりで毎日パソコンに向かうんや? 家庭を犠牲にしてまでせなアカンことなんか?」

呉「親父。俺はもう親父だけの息子と違うんや。たくさんの読者がワシのプログラムの連載を待っとるんや。そしてインターネットという媒体を通じてメディアに進出した場合、一発屋で終るのか、それとも別の展開を見せるのか。後に続く若いホームページ作者達の道標に、いわば「人柱」になってワシは思考しながら走り続ける義務があるんや。」

今まで腕組みをして唸っていた親父も、目に涙を溜めて私を見つめていたお袋も、同時に目を真ん丸くさせ心持ち震えながら呟いた。

親父「オ、オマエ頭大丈夫か?

呉「し、失礼な事言うなや。大丈夫じゃ。頑張って連載溜まったら本にしてもろうてビッグになったるさかい細かい事グチグチ言わんといてくれ。本の印税の50%は嫁にボーンと渡すつもりや。」

嫁「アンタ前に毎月の原稿料はないけど本になったら全部家計に入れる言うたやないの!」(怒号

嫁の仮面が剥がれた瞬間である。両親の真ん丸い視線は完全に嫁に移行した。

呉「オマエ細かい事はよう憶えとるな。

嫁「ブックローンの支払いとかアンタ考えたことあるんか?

呉「あんなもん子供いっこも見てへんがな。ポケモンのビデオばっかり見てるがな。ウチの子らには完全に失敗じゃ。オマエの選択ミスじゃ。この無駄金使いがっ。

嫁「キーッ。アンタのマック代と毎月の無駄な電話料金に比べたらよっぽど有益です。この穀潰し。

呉「穀潰しとはなんだ穀潰しとは。それが一家の主に向かって言う…

フェードアウト…

 


これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。

夫婦ゲンカは両親でさえも喰わない

と、一言いっておきたい。