
「拷問レシピ」
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入ってくるお金の全てがマックの関連商品に化けてしまう私。例えば、 両親「エイジ、この前は広島のおじいちゃんに敬老の日のプレゼントを贈ったみたいやな。わざわざ気ぃ使うて。これ「嫁ちゃん」に家計の穴埋めやないけど渡しとってくれ。」 といって手渡された五千円が家に帰る頃にはマックの参考書に変わってしまっている不思議。その他にも 両親「この前みんなで行った温泉。あそこはヨカッタなぁ。あぁこれ、バイパス代とガソリン代。「嫁ちゃん」が全部立て替えてたみたいやから一万円渡しとくわ。ちゃんと返しといてや。」 といって手渡された一万円が家に帰る頃には640MのMOディスクとプリンターのトナーと高画質用紙のセットに変わってしまっている不思議。こうやって見てみると我々の身近にも「世界の七不思議」は転がっているものだ。 このように常に超常現象に見舞われている私だが、これを読んでいる読者の方々は 「マックの周辺機器が増えてイイことづくめじゃないか。」 とお怒りの貴兄もいることかと思う。しかし世界の七不思議は相当に気を使うものなのである。 なぜなら嵐が通り過ぎるまでは冬のチワワのように震えて生活しなければならないからだ。 目は泳ぐは、頬は痙攣するは、貧乏揺すりは増えるは、もしかしたら夜泣きをしてしまっているかもしれない。 呉「全部、超常現象なんだ。だから嫁が怒る権利なんてないんだ。」 と、自分でも無茶苦茶だと思う言い訳を心の内で何度も繰り返しながら、今日も私はマックピープルの広告ページをめくりつつ、次の超常現象が来たときの算段をしているのであった。 ※ 男とは身体が資本である。厳しい社会の中に身を置き、理不尽な応対もこなして胃が「トカチェフ」を起こしそうでも、エイヤッと踏ん張って家族の為に働いてこそ一人前の元服した男である。 その資本である身体を作るためには毎日の食生活にも気を配らねばなるまい。以前私は嫁に一枚のメモを手渡した。それは私の好物ベスト5を書いたものであった。
嫁は私が手渡したメモを読むなり「フンッ」と言っただけで何もコメントしようとはしなかった。 何が「フンッ」か。大黒柱が身体を作るのに必要不可欠であるメニューを鼻息返事だけで終わらせるとはまったくもって言語道断な嫁である。その冷ややかな目には「小学生の給食かよっ」というメッセージが読み取れなくもなかった。嫁の好みは「和風薄味」だからである。であるからして「洋風こってり味」が好みであるところの私とは全面抗争は免れぬ運命にあるのだ。 毎日とは言わぬ。せめて一週間に一回は手渡したメニューから夕食を選んでも罰は当たるまい。いや、稼ぎ頭である私の好物を食卓に並べてこそ「出来た嫁」である。罰当たりなのはむしろ嫁の方だ。 その日も私は残業であった。疲れた身体で…、それはまるでジャッキーチェンの映画「酔拳」を思わせる足取りでようやく県住の三階に辿り着くと、柔道の受け身のようにして玄関に倒れ込んでしまった。 呉「あぁ〜、疲れた。風呂より先にご飯にしてくれ。」 寝っ転がって錐揉みしながらズボンを脱ぎ、ついでにシャツも脱ぐ。嫁曰く 嫁「そっちの方が疲れるやろ。」 そうかもしれぬがこれは気分的なものなのである。家の外でこんなこっ恥ずかしい着替え方をする度胸などない。無事シャツとトランクスだけの軽装になると、私は体重が3倍になったかのような疲れ切った身体をようやく起こして食卓についた。 嫁「お待たせ〜。」 嫁がこぼれ落ちそうな笑顔で運んできた夕飯は「サンマの塩焼き」であった。御丁寧に大根おろしまでも添えてある。 改めて書くべき事でもないが、私は魚大嫌い人間なのであった。 嫁は重々承知のハズである。確か昨日は「サバの煮付け」そして一昨日は「鯛の荒煮」、更にその前は「アジの南蛮漬け」であった。ご飯は「ちりめんのふりかけご飯」になっていたと思う。人を馬鹿にするにも程があるというものだ。 パソコン界のポルシェともいえるマックを華麗に操る私に相応しい夕飯というのは、まずコーンポタージュ、そして鉄板がジュージューいいながら出てくるニンニクを適度におろしたステーキこそが理想だと思うのだ。 それが我が家の食卓はいつの間にか「踊ろよフィッシュ」状態であった。 残酷である。特に「焼き魚」だ。そのまんまモロ身で焼かれてしまっているのである。こっちを見つめる白くなった目が恨めしい。その白くなった目を見て私は思うのである。あぁ、コイツはつい先日まで大海を自由に泳いでいたハズだ。何ものにも束縛されない大海原を思うがままに。それが一瞬油断したおかげで網にかかり、こういう末路を迎えるとはよもや考えもしなかったろう。オマエも畳の上で数百の孫に囲まれながら安らかに死にたかったろう。無念だったろう。と。 言い訳かもしれない。だが昔から魚嫌いなのだ。物心ついた頃、オヤジが「鯛は目が旨いんだ。目が。」と言いつつ箸で目玉をくり貫きチュルルッ、と吸ったのがもしかしたら強烈なトラウマになっているのかもしれない。昆虫嫌いに続いてまたしても原因はオヤジなのか? 呉「オマエ、エエ加減にしとけよ。なんで連発で魚やねん。ワシが食べられへんもんばっかり並べやがって。このままじゃ痩せ細って死んでしまうがな。」 嫁「何言うてるねん。今サンマ食べな、いつサンマ食べるねん。」 頭から今にもプシューと湯気が出そうな私とは正反対に、嫁は「サンマおいしかった」と顔に書いていそうな満足顔であるのが怒りを加速させる。 呉「ワシ、この前から夕飯残してばっかりで身体ヘロヘロやがな。栄養失調で死んでしまうがな。」 嫁「何贅沢ばっかりぬかしとんじゃボケ!」(怒号) 呉「何が贅沢じゃ。ワシは一家の大黒柱やぞ。ワシが倒れたら一家共倒れやぞ。肉を出せ。夕飯に肉を出せ。」 嫁「エエか。アンタのお母さんから「エイジの魚嫌いを直してくれ」って会うたびにキツく言われとるんや。毎度言われる身にもなってみ? アンタは一向に改心する気配もないし。」 サンマ以外の献立に目をやる。「里芋のにっころがし」「納豆」「山芋のおろしたものに卵と海苔をふりかけたやつ」 全滅であった。 私が自宅でミイラ化するのも、そう遠い話でもなさそうだ。 呉「おかずは全部いらん。「のり玉」を出せ。」 嫁「小学生かっ、おどれは。」(何かがプチッと切れた音) 嫁の目の白い部分が、みるみる内に血管が走って直視できない鬼の形相になる。なんと恐ろしい嫁を私はもらってしまったのだろうか。 嫁「エエか。よう聞きや。子供の教育にも関係するんやで。アンタが好き嫌いだらけで子供にどうやってしつけするんや。子供らは私がちゃんと食べさせてるから「長女ちゃん」は里芋頬張って食べるし、「長男ちゃん」はご飯に納豆かけてかき込むようになったわ。」 私の知らぬ所で愛する子供達は洗脳を施されてしまったようだ。納豆ご飯をがむしゃらにかき込む。嗚呼、考えただけでも恐ろしい…。子供たちになんということをしてくれるのだ。 嫁「今日という今日は「のり玉」取り上げや。魚食べな死ぬで。横で見とくから最後まで食べや。」 残業で疲れ切って帰宅したのに、家族のために必死に働いてきたのに、私は半泣きになりながらサンマに箸をつける。目を閉じて食べながら私は 「なんで小学校の時みたいに「魚フライ最後まで食べなさい」と先生に言われて、みんな掃除してて、掃除終わっても食べられんで、仕方なくプリントにくるんで持って返ったら教科書油まみれになってた状態にならなアカンねん。」 と、過ぎ去ったセピア色の思い出に、胸も舌も酸っぱくさせてしまうのであった。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「食事の好みが合えば結婚生活の幸せ50%アップ」
と、一言いっておきたい。
完