「悪夢の輪廻」


 

 どしゃぶりの雨の次の日。嘘のような快晴。さんさんと太陽に照らされて水分は蒸発し、やがて雲を作って再び大地に雨を降らせる。

草食動物を食べる肉食動物。その肉食動物の糞がこれまた草食動物の食べる植物の栄養源となる。

汗水垂らして労働し、その労働に対して賃金が支払われ、その賃金が嫁の管理する銀行口座に振り込まれる。

我が家はここで分断されているのだ。私に何一つ還元されていない。自然界の法則に完全に背いているではないか。地球にも私にも全然優しくない。私だってそのうち飢饉を起こす。自然界の法則に従うならば、我が身と時間を売る労働の後「つらい労働だったけどibook買ったから明日からも頑張れる」とか「残業続きでストレスも多いけどメモリ増えたからヨシとする」みたいなのが自然な姿であると思うわけだ。

しかし我が家ではそうはいかない。残業しようが何をしようが、我が家のお金回りは円を描くことなく無情にも終わってしまう。本来ならば新しいマックの資金や周辺機器になってもよいであろうお金は、全て嫁に一旦吸い上げられ、その中からガソリン代、タバコ代を含む「月二万円」の小遣いが支給されるのだ。それはもうマフィア並の非情さである。今日日(きょうび)このような端た金で、このせち辛い世の中を渡って行けるとでも思っているのだろうか。我が妻は。

主婦の方々がこの連載を読み、私のホームページ宛にメールを送ってくださる事が最近多くなった。こんな事を書けば、きっとまた

「入るお金が決まっているのなら、出ていくお金を始末すればよい。」

といった真当な御意見の嵐が吹き荒れる事明白であって、でも考えてもみて下さいよ。会社行くのには車で行きます。その車にはガソリンがいります。タバコは絶対にやめられません。缶コーヒーくらい飲ませてくださいよ。そうして残ったお金は僅か3,4千円。三十路の男が財布の中に持つ額として相応しいでしょうか? これはもうソッコー、マックの本とか中古ゲームに化けます。始末できません。一銭だって残りやぁしません。垂れ流しです

今日も我が家では嫁が私を大声で呼びつける。平日は会社で労働。休日までも我が妻は私をこき使おうとしているのだ。

嫁「チョットーッ。アンターッ。こっち来てーっ。」

昼食後「いいとも総集編」を観ながらウトウトしていた私は、一番気持ちのいい時に嫁に叩き起こされるのであった。

呉「ん? な、なんや。一体。」

寝ぼけ眼で嫁の方を見ると、嫁は食器ダンスの片方を持ち、真っ赤な顔をして必死に踏ん張っている最中であった。

嫁「ちょっと模様替えしようと思って食器ダンス動かそうと思ったんやけど、結構重たいんや。コレ。だからそっちの端持って。」

呉「そんなつまらぬ気紛れな用事で、俺のせっかくの昼寝をオマエは叩き起こすんか!」

嫁は模様替えが趣味なのではないか? と思える程頻繁に家具をあっちゃこっちゃ動かす。それはもう「何かに取り憑かれているのではないか?」と思わせる程だ。あちこちの奥さんから影響を受けて帰るのだろう。入り口は「木目調」。トイレは小さな人形が置かれたファンシー調。台所は白で統一。みたいに「統一性」がまったく無い。

そして今度は巨大な食器ダンスの移動だ。のどかな日曜の昼にダンナを叩き起こしてまでもすることだろうか。

呉「それは今しなけりゃならん事か?」

嫁「ついでや。一気にやってまおう。」

何のついでなのか私にはまったくわからない。

嫁「そんなとこでボサーっと立っとらんと。男やったら力あるとこ見せてえな。」

呉「あのなぁ。オマエ。オマエはしょっちゅう家具を動かすけどな。食器ダンスはそのままでエエんとちゃうか?」

嫁「何言うてんねん。子供3人もおったら部屋狭もうてしゃあない。考えて家具を配置せなアカンのや。そのうちアンタのマック部屋も取り上げるからな。」

考えなくとも家具を「捨て」でもしない限り、部屋は広くならないと私は思うのだが、それを言ってしまうと話が別の方向へ大きくそれるであろう事は今までの経験上わかっている事なので、私は敢えて口をつぐんだ。

嫁「さあっ。行くで。」

呉「普段は会社で働いて、休みの日には重たいタンスの移動かいな。やり切れんなぁ。」

しみじみ言ってみたのが効果的であったのか。嫁はしばらく考えた後、思いがけない言葉を口にした。

嫁「よっしゃ。わかった。なら手伝い賃500円あげるからタンス動かして。」

ご、500円である。棚からボタ餅とはこの事だ。小遣い二万円とは別に入る収入だ。気合を入れればタンスの移動など五分で済むではないか。「五分給500円」コンビニでバイトするより率がよろしい。心の声が叫ぶ「乗った」。

呉「さて、このタンスをどこに動かしたらオマエは都合がいい?」

私の顔は精悍な顔つきに変わっていたに違いない。

嫁「そんならそこの冷蔵庫の向かいに移動して。」

嫁が言い終わるのが早いか、私はフルパワーでタンスを引っ張った。

呉「オリャーッ。」

男が本気を出せば家具の移動なぞチョロイものだ。私は手のひらを嫁の目の前に差し出す。報酬の500円をもらう為だ。あんまり呆気なく用事が済んだためか。これくらいで500円は惜しいと考え直したか。財布から500円を取り出す嫁はいたって不服そうであった。

呉「あ、あのさぁ。本来休日は身体を休めたいんやけど、オマエも家事で色々大変なところもあるやろう。なんなら今みたいに家の用事をバイトしてもエエけど、ちなみにバイト料いくらくれる?」

嫁「うーん。洗濯は無理やから、食器洗いと風呂掃除かな。それぞれ一回150円づつ出してもエエなぁ。」

瞬時に私のコンピューターは計算を始める。

一日の収入300円×30日。

イコオル9000円!!

イケまくり!!

呉「やるよ。俺オマエを助けるよ。」

何故か標準語になっている私であったが、嫁の気の変わらぬ内に、この契約内容で決定してしまわなければならない。

呉「と、とりあえずそこにある洗ったまんまの食器。俺が拭いておくから。」

これで150円ゲットだ。これが終われば風呂をバスピカで掃除してトータル300円の収入である。塵も積もれば山となる。30日後の私は9000円もの金を手にして「さあて、何を買いましょう」などと迷うことができるのだ。

嫁は「助かるわぁ、じゃあ洗濯してこよう」と言ってベランダに出ていってしまった。一心不乱に食器を拭く私。時は金なりだ。慣れない手つきで食器を拭きながらチラと嫁の様子を見てみる。

笑顔で洗濯物を干しているではないか?!

何故そんなに余裕をかませるのだ。いきなり予想外である9000円が家計から出ていくのになぜリラックスしていられるのだ。チョット待てよ。このバイト代、元々は私が汗水垂らして稼いできた金ではなかったか。

それに9000円に目が眩んでしまったが、家事をして一日300円は安すぎではないか? 全然こたえていない嫁さんの表情。これはピンハネしているかもしれない。まだ余裕があるに違いない。

疑心暗鬼に苛まれながらも、意見したい衝動に駆られながらも、やっぱり9000円は魅力的であり私は食器を拭く手をどうしても休めることが出来なかったのである。

 


これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。

家計が苦しいと言っても妻とはヘソクリをしているものである

と、一言いっておきたい。