「地獄のサンタクロース」


 

 人類最後の希望。それはサンタクロース。一年間私のような「いい子」にしている家に、夜中コッソリとプレゼントを運んでくれる神様のような人のことだ。

しかしどういった手違いなのか、私の家…、いや私自身にサンタの野郎は挨拶すらしに来なくなってしまった。

これが欲しい。という「念」が足りないのであろうか…。否、そんな筈はない。日々私の頭の中は「G4の最下位モデルでもいい」という謙虚な姿勢や「シネマディスプレイさえあれば何もいらない」みたいに轟々と「業」で渦巻いている。

それでも姿を見せない薄情な「サンタクロース」は、私にとってすっかり過去の人になってしまったのである。

それでは我が家に幸を運んでくれる使者はまったくいないのか。やはり「渡る世間は鬼ばかり」なのであろうか。物語のキッカケは嫁が取った一本の電話から始まる…。

まだ辺りには朝もやが立ちこめているのではないだろうか。休日の朝、えらく早い時間に叩き起こされた私は、口答えをする間も無く車を運転させられ嫁がナビゲートするまま小奇麗な家の建ち並ぶ駐車場へと辿り着いた。

呉「オマエ、一体なんやねん。ここどこやねん。」

嫁「待ち合わせ場所は確かこの…、あっ、あの人や。」

いつもながら嫁は全然私の話を聞いてはいない。嫁の視線の先には、小雨の降る中傘もささず精一杯の作り笑顔でこっちにトボトボと歩いてくる貧相な40台後半(頭部かなりバーコード気味)の男性の姿があった。

呉「だ、誰? あの人。」

嫁「ウチらに幸運を運んでくれる人や。さぁ、モタモタしとらんと行くで。」

嫁は子供達の手を引くとさっさと車から降りてしまった。状況を把握できぬまま仕方なく車を降りる私。

男「雨の中をわざわざどうも。ようこそニコニコハウス(仮称)展示場へ。」

は、図られた。私は何も聞いていない。なぜ突然モデルハウス見学なのだ。なぜいきなり一戸建てなのだ。

呉「おっ、おい。オマエ何の計画もなしに家見に来て一体どういうつもりや。」

相手に気付かれぬよう嫁のわき腹を肘で突く。

嫁「今がチャンスらしいんや。破格らしいんや。黙ってついて来な。」

私の提言は肘アタックが嫁のわき腹の贅肉にショックを吸収されてしまったように軽く聞き流されてしまった。

男「いやぁ〜、呉さんはラッキーですよ。今回の物件の5つ。広告を出す前にもう4つも売れてしまいまして。明後日に広告を出す頃には恐らく全部売れてしまいそうな勢いです。」

嫁は目を血走らせながら営業マンの話に聞き入っている。私はあまり乗り気ではなかったが、モデルハウス見学というのは人生初体験だったので来たついでに見て帰ることにした。

男「さぁ、どうぞ上がってください。」

営業マンが自信満々の顔をしながら合い鍵で玄関を開ける。一斉に子供達が中に駆け込む。

「パパー。広いよー。超広いよー。」

娘よ。頼むから黙っていてくれ。

玄関を入ると吹き抜けの天井に長い廊下。県住のネズミ小屋とは雲泥の差である。

嫁「なっ、エエやろ。子供達も大きくなるし若い今決断せなアカン。真剣に考えよ。」

嫁が真剣になるのも頷ける快適空間である。しかしもう一人の私は瞬時に別の事を考えてしまう。「もし家のローンなんかしたらマックにお金がまわらくなる。」「それならば多少狭くとも周辺機器の増える方がイイ」心の中の天使と悪魔が激しく衝突する。

男「ニコニコハウスでは木の温もりを大切にしています。キッチンもリビングも木を使っており皆さまの団らんを楽しく演出します。」

畳十畳以上はある広々としたリビングだ。しかし根っからの貧乏性の私はその広さに耐えられず、その横の六畳の部屋で落ち着いてしまいそうだ。

男「さて、それでは二階を御案内しましょう。」

二階には3部屋もあった。子供部屋、夫婦の寝室、どれもが充分すぎる広さだった。

嫁「なっ、見たらやっぱりエエやろ?」

呉「そうやなぁ。マイホーム。悪くないなぁ。」

営業マンは我々の会話を聞き「我が意を得たり」といった顔つきである。

男「さて、では三階を見てみましょうか。」

呉「三階?」

下からでは気がつかなかったがこのモデルルームは三階建てらしい。生まれてこのかた三階の家など入ったことはない。

男「さぁ、どうぞ。」

三階は一部屋だけであったが十二畳もある板間で、そこから眺める景色は絶景であった。

呉「気に入った。この三階はサイコーだ。」

営業マンは揉み手をしながら私の熱弁に聞き入っている。

呉「ここを俺の書斎にする。ここにこうやって机を置いてマックを置いて、こっちには小さな台を買ってプリンター台にしよう。そして衣装棚はワシそないに服ないから本とテレビゲーム置き場にしてコーナーにはテレビゲーム用のテレビを置く。」

嫁「ワレ何言うとんじゃボケ!」(怒号

呉「なにがボケじゃ。家ではタンスに囲まれた二畳くらいの部屋しかワシのスペースないくせに。一生に一度の大きい買い物するのに書斎くらい持っても罰当たらんやろう。」

嫁「何言うとるんじゃ。ここは絶対に子供部屋にするんじゃ。」

男「まぁまぁお二人とも落ち着いて…。」

呉「ニコニコハウスさんは黙っといてください。これは夫婦の問題です。」

嫁「ニコニコハウスさんからも言ってやってください。この人にこんな書斎持たせたら一生出てきません。」

呉「一生とはなんや。オマエはいつも話が大げさなんじゃ。」

三階で口論になる私と嫁、オロオロするばかりの貧相な営業マン。

娘「パパァー。私、この三階にお部屋が欲しい…。」

最愛の娘が夫婦ゲンカに割り込んでくる。しかしこれだけは譲れない。この三階は何が何でも夢のマックオフィスにするのだ。

呉「これはね。パパが一生懸命働いて買うお家だからね。パパが好きな所をパパの部屋にするんだよ。だから大きくなって自分でお金貯めたら自分で買いなさい。」

男「ダンナさん、それはあまりに大人げなくはないです…」

呉「なんでアンタに大人げないって言われなアカンねん。

嫁「アンタ、エエ加減にしときいや。人様の前で、私ホンマにアンタと連れ添ったの大後悔やわ。」

涙ぐむ嫁、半泣きの子供達、顔が真っ赤の私、泥沼か? と思われたその時、営業マンが重たそうなカバンからゆっくりと見積書を取りだした。

男「わかりました。私、長年営業をやっておりますが、これほどまでに真剣なお客様は初めてです。今回は本当にチャンスです。金利も今が一番安い。お二人にもなんとか手の届く最高の物件です。それにこれはモデルルームで準備金や諸経費の類いが新築と違って免除になり非常にお得です。どうぞ今日はここに印鑑をついて帰って頂きたい。」

営業マンが差し出した見積書に夫婦同時に目をやる。

し、しゃんじぇんろっぴゃくまんえん!」(夫婦合唱

すかさず嫁の方を見る。嫁は「シマッタ」というような顔つきだ。嫁も予想した金額より高かったのだろう。「破格」という勧誘に躍らされたのだろう。板間の三階に沈黙が走る。営業マンの顔は笑ってはいるが目の奥は笑っていなくてとても怖い。

先程までの「今日買って帰る」という勢いはもうどこにもなかった。「オ、オマエ用事があるって言ってなかったか?」「そうそうアンタよう思いだしてくれた」このような非常に芝居がかったよそよそしい態度でモデルルームを後にすると、立ち尽くす営業マンをバックミラーで確認しながらアクセル全開で走り去るのであった。

追伸

今週、我が家は夫婦仲がとてもよい。夜電話が鳴ると目を合わせて震えあう。絶対に居るはずの時間帯に電話をかけても留守電ばかりが続くニコニコハウスの営業マンの方、

あなたがかけているのは呉エイジの家です(号泣)。

 


これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。

ピンチは夫婦の絆を深める

と、一言いっておきたい。