
「恐怖の因縁」
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正月明けからこっち、私の両親が我々の夫婦仲を心配してなのか、実家で夕飯を食べる機会が増えた。 嫁が食事の支度から解放されて、ゆっくりと夫婦の会話を楽しめるようにとのお袋の配慮なのだろうが、そのような心使いまったくもって大きなお世話なのだ。 そしてこの日は遊び疲れた子供たちが夕飯を待たずして眠ってしまったので、大人だけの夕食となったのである。メニューは大好物の「スキヤキ」であった。 ※ 呉「美味いよ。母さん。これ美味いよ。」(満面の笑み) 炬燵の上のテーブルコンロでグツグツ煮えるスキヤキ。実家では市販の「簡単スキヤキの素」みたいなものは使わない。具を足すたびに煮込みながら砂糖と醤油で味を調節していくのだ。 親父「ちょっとまだ味が薄いかもしれん。醤油を足しておくか。」 親父が醤油入れを鍋の上で豪快に回す。 弟「エエぞ。エエぞ。親父。あと5、6回まわしとけ。」 弟も子供のようにハシャぐ。 やはり「実家の味」は最高だ。子供の頃から慣れ親しんだ味からは一生逃れることはできない。砂糖も醤油も入れ過ぎの方が丁度良い。どうも呉家はこってり一家のようだ。 呉「母さん。飯のおかわり」 お袋「アラまぁ。エイジ。今日は三杯目だよ。」 言葉は困りながら、顔は嬉しそうにお袋は茶わんを受け取る。皆一様に笑顔で箸をつつく。鍋の中は親父が調子に乗って醤油を足したので、醤油色を通り越してドスコゲ茶色みたいなスゴイ事になっていた。 こんな美味いスキヤキを喰うのは久しぶりのことであった。親父、笑顔。お袋、笑顔。弟、笑顔。次に視線をフッと嫁に移す。嫁、怖い。 何故だ。何故なのだ。何が気にくわぬというのだ。こんなにも美味いスキヤキ様を前にして。私の他は嫁の異様なムードに気がつくことなく、スキヤキを食べるのに夢中であった。困惑したまま、私も場の空気を壊さぬよう食事を進める。 親父「エイジ。この肉はやわらかいだろう。父さんかなり奮発したぞ。」 今晩の食材は親父とお袋が一緒に買い物に出かけて、どうも「肉」に関しては親父の強力な推薦があったらしい。親父の顔には無言でも「どうだ。このどこから見ても国産の肉は」と誇らし気に書いてある。私は嫁の冷たい視線に会話どころではなかったのだが、そのことを周りに悟られぬよう、又嫁の場違いな不機嫌を打ち消すが如く親父との会話に没頭するのであった。 呉「親父。イイよ。この肉イイよ。やっぱりなんだな。人間ってのは好きな趣味。まぁ俺ならマックだけど趣味に没頭したり、こうやって美味いもん喰う為に人生頑張ってるんだよな。」 親父は自分の選んだ肉が褒められたのが余程嬉しかったと見える。自分の箸で肉をつまみ上げると笑顔で私と弟の玉子の入った小皿に首肯きながら次々と入れていった。 親父「ん? [嫁]ちゃん。どうした? なんか今日は食が細いみたいだが、ちゃんと国産の肉を食べているか?」 嫁「ハ、ハイ。しっかりといただいてます。」 慌てての作り笑顔だ。 お袋「さぁさぁ、煮込みすぎる前にコンロの火は消しといておくれよ。母さん遅くなるといけないから先に風呂入るわね。」 豪勢な晩餐も終盤のようだ。 親父「父さんも今日はコップにビール二杯も飲んだからすっかり酔っぱらったぞ。ちょっと隣の部屋で横になってくる。」 私同様酒に弱い親父の鼻は見事な赤さで、それはもうまるで売れていないピエロのようであった。 弟「それじゃあ俺も。兄貴、悪いけど俺、二階でドラクエの続きしてくるわ。」 弟もスキヤキでパンパンに膨れ上がった腹を持ち上げながらゆっくりと二階に上がっていった。 居間にポツンと取り残された夫婦二人。先程までの賑やかさが嘘のようだ。重くのし掛かる沈黙。このような状態で夫婦の会話を楽しめと言うのか。お袋よ。 呉「ど、どないしたんや。一体。みんなが楽しく食事している時にオマエは一人不機嫌な顔で。何が気に入らんのや。」 嫁はゆっくりスゥーッと深呼吸する。 嫁「それじゃあ言わせてもらうけどなぁ。アンタ一体どういうこっちゃねん。なんで実家ではご飯三杯食べて、ウチでは二杯しか喰わへんのじゃ。私、お義母さんから同じ米の銘柄聞いて、同じメーカーの醤油、砂糖、いちいちメモとってるのになんでウチでは二杯しか喰わへんのじゃ!」(終盤怒号) 呉「お、大きな声出すなや。」 嫁「大丈夫や。お義父さん寝てはるし風呂まで聞こえへん。」 呉「そんなん言うたって賑やかに食べたら美味しいやないか。」 嫁「それじゃあアンタは私とは賑やかに食べられへん言うんか。」 なんか会話を重ねる度にドツボにはまっていくような気がする。 嫁「ホンマ私は悲しいわ。結婚してみたらマックに没頭するし。子供みたいにあの機械買ってくれ。このプリンター最高。みたいな訳わからんことばっかり言うし、お義母さんのご飯はスゴイ食べるし、アンタ大人ぶってる時はお義母さんのこと「お袋」って呼ぶクセに、気が緩んだら子供みたいに母さん。って、このマザコン野郎が。」 呉「マザコンとは何事だ。マザコンとは。それは口にしてはイカン言葉だろうが。誰がマザコンだ。オマエ、マザコンの意味を知って喋ってるんか? マザコンはなぁ「ママァ〜ヨシヨシしてぇ〜」こんなのがマザコンだ。」 嫁「いいや、アンタのは完璧にマザコンじゃ。」 呉「エエ加減にせぇよ。妙な因縁つけやがって。だいたいやなぁ。飯のことはオマエの実家が超薄味なのが問題なんじゃ。大根の煮物でもなんだアレは。醤油を2,3滴しか入れてないような味やないか。大根はなぁ。コゲ茶色。これや。」 嫁「ウチのが普通なんじゃ。ここが入れ過ぎなんじゃ。ここは大根の煮物というよりホット醤油みたいなもんじゃ。いい加減に乳離れせんかい!」 呉「好き放題言いやがって。しとるわい。乳離れしとるわい。」 私は「巨乳好き」を除いては乳離れしているはずである。 お袋「あぁ〜いいお湯だった。」 お袋が風呂から上がったため、夫婦のバトルは途中で中断となった。ありがとうお袋。瞬時に笑顔に切り替わる嫁。それはもう恐ろしいくらいに。 そうこうしているうちに親父も隣の部屋で目を覚ましたようだ。 親父「な、なんや賑やかやなぁ。父さんストーブの前で寝てしまうところやったわ。ハハハ。」 お袋「そうそう。お父さん。アナタ、エイジに…。」 親父「そうだった。実はな。父さん昨日パチンコで大勝ちしてな。それで今日のスキヤキは豪勢やったんや。で、肉買ってもまだ余るがな。だから[弟]に小遣いをやったんじゃ。それじゃあ母さんが不公平でしょう。ってんでエイジ。今日は子供に戻れ。ホレ五千円の小遣いじゃ。」 呉「くれるんか? 俺にもくれるんか? ありがとう。母さんありがとう。」 帰りの車中での会話は、とてもここでは書けない…。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「実家で食事する時は腹六分目にしとけ」
と、一言いっておきたい。
完