
「引き裂かれた兄弟」
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私には弟が一人いるのだが、三十路を超えた今でもとても仲が良い。 家の中で行き詰まったり鬼嫁の仕打ちに涙しそうになったり新しいマックを買う提案書を力の限り嫁に破かれたり、って全部嫁絡みジャン! まぁ、いろいろと世間のしがらみに疲れ切ってしまった時に、私は実家にある弟の部屋へと転がり込むのだ。 その日の夕方、嫁が作った煮物を「お義母さんに届けて頂戴」と、これもまた嫁の「良妻度アップ」を狙う策略であるのは薄々感付いてはいるのだが、長らく弟にも会っていないので快く引き受けることにした。 ※ 呉「オース。」 扉を開けると寝そべりながら読書をしている弟が振り向いた。弟の関係とは是即ち「ドラエもんとドラミちゃん」の関係であり、私が勉強丸出ダメ夫であったのに対し、弟は国立大学文学部を卒業。 しかし参加していた文学サークルの悪影響で「就職など愚かだ」という風潮をモロに受け、就職せずにバイトを続ける自由人である。兄の目からみれば「国立大学を出ているのにバイトなど勿体無い」「そそのかした相手はちゃっかり就職しているんだろう」と助言をしてやりたいのだが、在学中「大失恋をしたから一生結婚しない宣言」を聞いているので、誰にも迷惑をかけない気ままな独身貴族の身を半分羨ましい目で眺めているだけに終わっている。 弟「オウ、兄ちゃん。久しぶりやな。」 呉「どないや? マック触ってるか?」 弟には昔「一体型マック」で比較的安かったLC575を奨め、基本操作を指導してやったことがある。しかし弟はそれほどマックには興味を示さず、上にお袋から布なんか掛けられちゃったりして完全にオブジェと化してしまっていた。 呉「マック埃かぶってもうとるやないか。」 弟「あっ、そうそう。兄ちゃんに聞こうと思ってたんや。このCD-ROMってどうやって見るんや?」 目の前に差し出された五枚のCD-ROM。 呉「歴代巨乳アイドル特集。真夏のハワイロケ。セクシーランジェリーってオマエこんなにたくさん買うてみんなウインドウズ用やんけ!!。」 弟「アカンのか? どないしても見れへんのか?」 呉「だからあれほどソフトを買う時は「ウインドウズ&マック両対応」を買えよって教えてやったろう。」 弟「そうか…。アカンのか…。」 痛恨の一撃であった。聞けば思いがけない泡銭を全て注ぎ込んだらしい。御愁傷様である。 呉「もしかしたらデーターだけ取りだせるかもしれない。取りあえず持って帰るわ。」 弟「頼むわ。兄ちゃん頼むわ。」 兄の威厳として深刻な表情はしているのだが、腹の中では「バーチャルPCでこれ全部見れるやん」といった悪魔の囁きで、ほほ笑みを噛殺すのに必死な私であった。許せよ弟よ。 弟「兄ちゃん。結婚ってエエか?」 呉「急にど、どないしたんや。オマエ。一生結婚せえへんって言ってなかったか?」 弟「まぁそうなんやけどな。兄ちゃんたまにみんなで食事しに来るやないか。その時[嫁]さん「おかわり入れよか?」とか「私のトンカツ半分食べる?」とか優しいやないか。そういうの見てると「あぁ家族の温もりもエエかなぁ」なんて考えたり…。」 呉「アホウ。あんなもん仮面じゃ。ワシらは仮面夫婦じゃ。」 弟「か、仮面ってどういう意味や。」 呉「家ならまず「私のトンカツ食べる?」なんてことは無い。あんな優しい口調なんて絶対に無い。騙されとる。オマエは騙されとるだけなんや。」 弟「兄ちゃん。そないに目充血させんでも…。」 呉「スマン、でもな、家やったらこんな風に寝そべってホゲーっとしてる事なんか出来んぞ。使う。嫁は夫を使う。「寝てるんやったら私今料理してるんや。干してある布団入れようとは思わへんか?」とかもう容赦無しや。休日の方が仕事よりキツイ。」 私の熱弁に呆然とする弟。話しているうちに恐怖の語り部と化していくわたし。 呉「それに財布は一つみたいんもんや。例えば休みの日に新聞の集金が来るとするわなぁ。嫁さん料理してるやんか。「パパ、ちょっと出しておいて」とくる。で、月二万円の厳しい状況からお札を抜く。それはそのまま永遠にグットバイじゃ。」 弟「兄ちゃん、それ絶対に誇張してるやろう。あの[嫁]さんが…。信じられへん。」 呉「オマエは一緒に暮らしてないからわからへんのじゃ。それから結婚したら趣味にも制限が加わるぞ。オレならマックや。前に一度、3時間くらいマックの前にへばりついとったんじゃ。そしたら何も言わずにコンセントを抜いたんやぞ。そんなもんパソコンにしてみれば頚動脈をナイフで切られるようなもんや。」 弟「ホンマか? それ本当の話なんか?」 私がいくら力説しても弟の顔色は半信半疑であった。それは実家での嫁の立ち回りが巧妙である証なのが口惜しい。 呉「でもな、オマエももし結婚するならな、言う時はビシッと言わなアカン。「休日は身体を休ませるように気を配るのが嫁の勤めだろう。」とかな。結婚するってことは大黒柱になるということだからな。ビシッと言ってもええんや。」 寝そべりながらリラックスして長々と話し込んでいるうちに、一時間半も居ることに気がついた。 弟「兄ちゃん。お袋に煮物持ってきただけなんやろ? こんなに長居しとってもエエんか?」 呉「かまへん。かまへん。家にいたらコキ使われるだけじゃ。たまにはリラックスしてボケーっとするのも大黒柱には大事な事なんや。」 その時窓の外では車の停まる音が。 弟「ど、どないしたんや。兄ちゃん。」 呉「来たか? 今嫁の車停まった音したか?」 弟「に、兄ちゃん。目が泳いでるで。」 呉「俺、長居しすぎたか?」 弟「なんで寝そべるのやめて座るんや。兄ちゃん。」 階下では子供達のはしゃぐ声。来た。嫁が来た。ゆっくり階段を登ってくる恐怖の足音。 嫁「こんにちは〜。弟さん、お久しぶりです。」 弟「あぁ、お久しぶりです。」 嫁「いつも御免なさいね。お邪魔ばっかりして。弟さんも読書や好きなことに時間を使いたいのに気を遣わせちゃって。」 呉「(兄弟で気を使うもなにもないだろうが!)」(心の声) 嫁「今日はパパさんに頑張ってもらわなくっちゃ。粗大ゴミの日だから古新聞や、あの古い汚い机捨ててきてもらわなくちゃ。」 嗚呼、これから私は疲れた身体を引き摺って、ゴミの運搬を県住の三階から何往復もしなければならないのだ。 嫁「アラ、弟さんも読書の途中で、もしかしたら止めてしまったんじゃないの?」 見つめあう嫁と弟。緊迫する部屋の空気。頼む。弟よ。そんなことはない、もう少しゆっくりしていっても全然問題無いと言ってくれ…。 弟「…ええ、まぁ。」 嫁「さぁ〜パパさん。帰りましょう。下で子供たちも待ってるから。」 実際には嫁の後ろを背中丸めて階段を降りていったのであるが、弟には私が嫁に、まるで猫の如く首根っこを捕まれて連れて帰られる幻影がチャンと見えたのかどうかだけが気掛かりなのであった。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「嫁の居ない所でビシッと言っても無効」
と、一言いっておきたい。
完