
「断末魔の咆哮」
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我が愛機。これほど「マック」にしっくりとくる言葉はないであろう。まさしく頬擦りしたくなるような愛機である。そう、それは6、7年前、パワーマック以前のクアドラというマシンが全盛だった時代に、私はマックと運命の出会いをしてしまったのだ。会社に導入されたクアドラ950という当時では目の玉がキリモミして飛び出すくらい高価だったハイエンドマシン。それが私と「パソコン」というもののファーストコンタクトだったのである。 初心者を虜にしてしまう魅力が「マックOS」には確かにあったのだ。フロッピーの絵をゴミ箱に捨てるとフロッピーが出てくるだけで感動した。コントロールパネルの「ボリューム」で、絵をスライドするだけなのに本体の音量が変わるなど、私の頭脳では到底理解できなかった。なぜテレビのようにツマミを回さなくても音量が変わるのだ。中に小人さんでも入っているのか? 何もかもが新鮮であった。当時は仕事が終わってこっそりとタイムカードを打ち、嫁には「残業で遅くなる」と連絡する一方、上司には残業する仕事熱心な男というイメージを植え付けて、まさしく一心不乱になって毎晩遅くまでマックと戯れた。 部屋の掃除はしなくとも、我が愛機だけは大事にする。数ヶ月に一度は掃除機でマックの後ろから埃を取るし、綿棒で端子周りもマメに掃除してやる。愛機との付き合い方は皆さんだいたい同じようなものではないだろうか。最新鋭のモビルスーツを与えられたあのアムロ・レイだって、もしかしたら人から見えないコクピットの中で、微笑みながら計器類を撫で回していたかもしれない。 そういった男のロマンを「妻」という種族はこれっぽっちも理解してくれないのである。そしてマックに近づけなくするミノフスキー粒子だけはしっかり張り巡らしてくれるのである。 ※ 休日の午前中、嫁からは「掃除を手伝え」と言われていたのを振り切って、私はマックの最新動向を知るために一人本屋に出かけた。とりあえず真っ先にパソコン書籍のコーナーへと足を運ばせる。しばらく本屋に行ってなかったのでマックのソフト解説本は、私の使っているソフトのバージョンよりどれも新しいものばかりであった。 「よぉーし。隅から隅までマスターしまっせ。」 とばかりに勢い勇んで高価な解説本を毎回買うのはいいが、その本の半分もマスターせぬうちにソフトが次のバージョンになってしまう限られた時間しかない家庭人の悲惨な現実。 ソフト購入→そのソフトを極めるために高価なソフト解説本を購入→ソフトをマスターせぬままバージョンアップ→バージョンアップ料金でソフトをアップグレード→新バージョンの解説本を購入→そしてまたソフトをマスターせぬままバージョンアップ→動作推奨環境は最新のパワーマックG4です。 いくら金あってもキリ無いやんけー! 私はもう少しでクラッシック音楽が穏やかに流れる本屋の店内で怒号を発するところであった。いや、今の私ならば「気」だけで巨大な本棚を押し倒せたかもしれない。 そういった訳で帰りの車中もマックの事ばかり考えてしまった。残業ばかりの毎日でいいのか? 私はマックを華麗に操る「デジタル界の貴公子」ではなかったか? コンピューターの世界は日進月歩で進化していくのだ。解説本を見た後、巨乳グラビア雑誌などをエヘエヘと眺めている場合ではない。 帰らなくては。早く帰って愛機の前に座らなくては。駐車場まで愛車であるカプチーノのターボメーターは点きっぱなしであった。 呉「ただいまー。ってアレ?」 玄関に入ってまず気が付く子供たちの笑い声。笑い声はいたって普通なのだ。問題はその笑い声が発する方向なのだ。 呉「わーっ。コラー。おまえらー。」 慌てて畳二畳分の書斎に飛び込む。見るとそこにはパソコンチェアーに子供三人が無理矢理よじ登り、キーボードをピアノのオモチャみたいにして叩いて遊んでいるという地獄絵図が展開していた。 呉「オッ、オマエ、何で子供達を書斎に入れたんや。マック無茶苦茶にされとるやないか。注意せんかい。」 嫁は牛の死骸の如くテレビの前で大きく寝そべったまま、画面からこちらに目を向けようともしない。 呉「オマエ、テレビばっかり観やがって。マックが壊れたらどないするんじゃ。叩いて遊んどるやんけ。」 すると嫁は文字通りにようやく重たい腰をあげた。 嫁「まぁ仕方がないんと違うの。アンタが会社から帰ってもマック。休みの日もトイレ行く前にマック。夜遅くまでマック。そんなお父さんを見て子供達は育ってきとるんや。そりゃ子供達がマックに向かっても仕方がないことやろう。親の背中を見て子供は育つ言うしなぁ…。」 勝ち誇ったような嫁の冷笑。どうぞ思いっ切り遊んでらっしゃい。ついでにマックもブチ壊してらっしゃい。と言わんばかりの嫁の瞳の色。力の加減を知らない子供達。その時長男が先日買ったばかりのワイヤレスマウスをボールのように放り投げた。 呉「コラッ、それはボールじゃない。」 軽く子供の手を私が叩いた瞬間、 嫁「アンターッ」(誘爆) 呉「な、なんや、そないな大声出して。これはボールと違うやろう。そないなことしたら壊れるやろう。」 嫁「そうか。そうなんか。アンタは分別のつかへん無邪気な子供達の遊びを大人の都合だけで抑えつけるんか。暴力で抑えつけるんか。ええやないか。見てみい。この子供達のお父さんと一緒のことができるみたいな喜びに満ちた目を。あんたの勝手な都合だけで子供達が引っ込み思案な子供になったらアンタ責任とってくれるんか?」 軽く聞き流しただけではまったくその通りの意見だが、もっと深いレベルで考えれば子供はマックに向かって自分は自由にテレビが観れるし、子供達は仲良くなるし、ついでにマックもそのまま壊れてくれれば尚更いいみたいな一石三鳥くらいの策略である。恐るべし。黒田官兵衛も真っ青な策士嫁よ。 次は長女が「これは何だろう?」というような顔をしてCDトレイのイジェクトボタンを押す。そして興味津々、今にもトレイに捕まって根元からトレイをヘシ折りそうな体制を取った途端、私は慌てて長女の身体を無意識のうちに突き飛ばしてしまっていた。 嫁「アンターッ」 呉「こっ、これは仕方ないやろう。物を大事にすることを教えるのも親の大切な義務やろう。」 嫁「いいや、今さっきのアンタはマジで娘を押し倒した。」 呉「そないな事言うてオマエ、このマック壊れたら新しいマック買ってくれるんか?」 嫁「そうか。そうなんか。アンタは子供の健全な発育よりもマックが壊れることの方がイヤなんか。壊れるくらいなら娘を突き飛ばしてケガさせる方を選ぶんか。子供よりもマックの方が大事なんか。」 嫁は涙しながら正座して真っ直ぐこちらを向いている。嗚咽交じりの必死の訴えである。後ろを振り返る。子供達の脅えた目。「またケンカだよ」という寂しげな目付き。 嫁「エエんよ。アンタらエエんよ。遊ぶ時は思いっ切り遊びなさい。親の目の色を気にする子供にはならんといて。無邪気に遊んで。」 涙ながらに、時々咳き込みながら子供達に言い放つ嫁。その言葉を受けてまた遊びだす子供達。今度はコーラスだ。キーボードをピアノがわりにして容赦なくフルスイングだ。握り拳を震わせながら子供達が唄う「かえるのうた」の合唱を聴くだけしかできない私。 嫁「かぁ〜え〜るぅ〜のぉ〜う〜たぁ〜がぁ〜。」 涙、嗚咽混じりでハンドクラッピングしながら一緒に唄う嫁。その時、最近立ち歩きをはじめたばかりの次男がマックのキーボードの上に身を乗り出した。お姉ちゃんお兄ちゃんが唄う合唱を自分はまだ話せない分笑顔で聴いている。私と目が合う。ニッコリと笑う天子のような微笑みだ。そしてそのニッコリと微笑む口元からは大量のヨダレがキーボードの上にしたたりおちた。壊れます。そんなにヨダレをこぼしたら完全にキーボード壊れます。 マックの為なら子供を突き飛ばすんか。新しいマック買ってくれるんか? 子供の健全な発育を大人の勝手で邪魔するんか。大人の顔色を見て遊ぶ子供に育ってアンタは本望か? アンタは子供よりもマックの方が大事なんか。 呉「な、何が善で何が悪で、誰が悪くて何のせいで、どこがオカシクて、どこが間違ってて何を直したらいいのですかっ」(直立不動問い掛け疑問型) その日、県住の三階から泣き声とも叫び声ともつかない男の奇声がこだましたかどうかは定かではない。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「結婚生活では回答のわからない難問に直面することがある」
と、一言いっておきたい。
完