「謂れ無き粛正」



 皆さんも一度は経験があるだろう。「昔の人はウマイことを言ったもんだ」などと、思わず膝を叩いてしまう日本のことわざ。

そんなことわざの中でも特にポピュラーなのがコレ。「金は天下の回り物」

月日の流れるのは早いもので、結婚して奴隷生活に入ってから既に五年もの月日が流れた。私、待ちました。昔の偉い人が言った言葉を頑なに信じて。金はいつかまわってくる。私の懐にも大金が転がりこんでくる。

でもぜんぜん来ませんでした。いくら待っても来やしません昔の人はウソつきチキン野郎です

昔の偉い人は投げやりな気分でこの言葉を発したに違いありません。私には慰めにもなりやしません。「そうだ、金は天下の回り物なんだ。こうやって元気に生きていればいつかきっと…。」みたいにして希望を持たせておき、結局死ぬまで金は天下から回ってこないという算段なのだ。

「あみん」が唄う程、いつまでも私は悠長に待ってられません。一体どういうつもりなのか。どういう根拠からのことわざなのか。もしかしてこのことわざを考案した人は、私と同じく収入を鬼嫁に握られていて、おそらく諦めの悟りの境地まで到達してしまったのではなかろうか。自分を一生懸命励ますためのことわざだったのではないだろうか。

そうでなければ納得がいかない。なぜならば新型G4はおろか、メモリを増設する金でさえビタ一文天下からは回ってこないからだ。

元同僚、25歳の独身貴族。名前は「のぶお(仮名)」。彼は私のライフワークである二本柱、マック道楽とファミコンソフト収集の二つの趣味が、身近な存在でガッチリ合ってしまった親友[とも]である。

久しぶりに彼に合うと彼は私の姿を見つけるなり、朝から家族総出で買い物に出かけて行き帰りが遅くなってしまって、一匹寂しく留守番をしていたマルチーズが玄関の開く音を聞きつけるなり廊下を滑り転がりながらダッシュしてきて、嬉しさの余りキリモミしながら飛び跳ねて家族全員の顔を狂ったように舐めまくる場面を思わせる走りを見せつけ、私の前で小躍りすると久しぶりの固く熱い握手を激しく求めてきた。

のぶお「お久しぶりっス。嬉しいっス。呉さんお元気でしたか?」

私は今年31歳、のぶおは25歳、この溢れんばかりの若いエネルギー。私も25歳の頃は日常からこれほどまでにアドレナリン全開であったのだろうか。彼に会うたびに自分がすっかり家庭に入って丸くなってしまった事を痛感してしまう。

呉「オウ。のぶおも元気だったか? 三ヶ月ぶりくらいかなぁ。」

のぶお「そうっスよ。もっと遊びましょうよ。ファミコン探す旅に出ましょうよ。」

お互い会社が終わってからの会合なので、外はすっかり満天の星空であった。いつもの河原に車を二台停め、草むらに仲良く腰をおろす。

呉「なかなかなぁ、会社は残業多いし、休日は買い物とかに付き合わされて家族サービスをしなきゃならんし、オマエと遊ぶ時間もなかなかとれん。」

夜の川に投げ込む石は、なんだか寂しげに水の波紋を描く。

のぶお「そうっスかぁ、そうっスよねぇ。結婚すると僕のように自由な時間がなくなるのは当たり前っスよねぇ。」

文章で読むと極めて同情を寄せているような文面なのだが、これを発しているのぶおの表情は何故が憎たらしい程の満面の笑みである。

呉「オマエ、なんでそないに嬉しそうな顔やねん。ケンカ売ってるんか?」

のぶお「おおっと、くわばらくわばら。いやぁ、あの奥さんからお許しが出ないのを想像しちゃって。」

一度のぶおがアポ無しで夜イキナリ遊びに来たことがあった。その時私は子供三人の風呂上がりドライヤーを任されており、チャイムが鳴って出てみれば喫茶店に行こう。と、のぶお。県住を重い扉をしめ、Uターンして嫁を説得、鉄の扉をも突き抜ける嫁の「アンターッ、いまから喫茶店行くってどういうこっちゃーっ。」の怪鳥音。その声に恐れをなしたのか、外に出ればのぶおは既に帰った後だったという恐ろしい思い出。

呉「アレを説得するには、なかなか根気のいる作業なんや。それよりどうや? 俺と会ってない間に何か買い物したか?」

のぶお「買うも買わないも、驚かないでくださいよ。知り合いが新しいG4に買い替えるからってんで、格安で青白G3を売ってもらっちゃったんっスよ。」

呉「なにィッ!!

私の顔は一瞬にして鬼の形相となった。のぶおとはマックの友である。私がパワーマック7600/200、彼は時代遅れもいいところのマシン、パワーマック6100/66であった。今となっては非力すぎる6100。私が7600を買った時、さんざん「いやぁ〜、快適でかなわんよ〜。」と自慢しまくった敵を、今この河原で返そうとでもいうのか。

のぶお「いや〜、6100から青白G3の400でしょ? もうメチャクチャ快適っスよ。7600も早いんでしょうけど、やっぱこの前まで最先端だった機種はレスポンス良すぎ(笑)。」

やはりこやつは私にケンカを売っているとしか思えない。

のぶお「もう6100には絶対に戻れないっスよ。もう6100なんてウンコマック。G3/400サイコウ! だって何から何まで全部早いんですよ。例えるならばファミコンのカラテカとプレステの鉄拳くらい違う。」

のぶおはよくファミコンソフトの例えをするのだが、彼は何気なく口にするこの例え話。こんな姫路という素朴な街では、このようなマニアックな例え話は私くらいしか完全に理解できないであろうと密かに自負している。心配なのはのぶおが相手を選ばずファミコンで物事を例えていないかということだ。若気の至りでは済まされない。のぶおには当たり前でも、普通の世間の人々にこのような会話をしたら、絶対に引く

彼の熱い語りは濁流のように止まることを知らない。口調はますますヒートアップしていく。

のぶお「呉さん、やっぱりマックはあの「把手」のついたミニタワーっすよ。アップルファンなら絶対にあのカタチを持たなくちゃモグリっすよ。部屋に置いてもデザイン的にカッコいいっスしね。6100と比べてCDの読み込みスピードもスゲェっスよ。バンゲリングベイとスターフォックスくらいの差は絶対にありますよ。」

彼も熱くなりすぎて私に何を伝えたいのかサッパリわからない。ただ、嬉しいという波動だけは憎たらしい程伝わってくる。

のぶお「フォトショップとか使っててもフィルタとか保存とか6100は超トロかったっスよ。それが今では全部が速攻で終わるんだなぁ。」

世間ではいろいろと「キレる」若者の残虐犯罪がクローズアップされているが、手元のタンポポを5、6本引きちぎっている今の私は、そんな若者の殺人衝動の気持ちがチョッピリだけわかったような気がした。

のぶお「MP3の変換も涙が出るくらい早いっスよ。この快適さをわけてあげたいなぁ。呉さんも7600を売ってG4の一番安いやつ買いましょうよ。絶対にPCエンジンからプレステ2くらいの差になりますよ。」

呉「そないな事オマエに言われんでもわかっとるわい。オマエのマックは確かに俺のより新しいけど、既に時代はG4やんけ。思いっ切り旧機種やんけ。」

のぶお「フフッ、負け惜しみですか? でも僕の選択は間違ってないっスよ。だって僕の青白G3ちゃんはマックOSテンが動くし。」

これは痛恨の一撃であった。確かにそうだ。アップルファンを自認する私にとってマックOSテンの動作対象外というのはプライドをズタズタに引き裂かれるのと同じことだ。

のぶお「インターネットの表示も青白G3ならバリバリ早くて呉さんに申し訳ないくらいっスよ。今までのカクッカクッと表示してたのがウソみたいっス。やっぱ呉さんの言う通りマックは新しいのに限りますよ。でもわかってくれてるかなぁ、この快適さ。スペランカーとマリオ64くらい違うって言ったらわかってくれます?」

呉「わかったわかった。もう充分にわかった。でもな、俺はオマエと違って入ってくる金を全部注ぎ込む訳にはいかないんだ。家庭人なんだ。もしかしたら俺は結婚するべき人間ではなかったのかもしれない…。」

のぶお「そんな事言ったって今更ジローっスよ。」(死語ギャグ

呉「あぁ、俺も新しいマックが欲しい。いつも俺が言っているだろう。マックは新しいのに限る。乳は巨乳に限ると…。」

のぶお「ホント、馬鹿っスねぇ。」

呉「オマエにだけは言われたくないわい。何か手はないもんだろうか…。」

のぶお「そうだ、確か呉さんの家は奥さんが家計を握ってるんっスよねぇ。」

呉「そうだけど?」

のぶお「それを今月から呉さんが管理するんですよ。10万円をポーンと渡して「これで今月の食費は足りるハズだ。足りなくなったらまた少し補充する」って言うんですよ。」

呉「フムフム。」

のぶお「当然、貯金とかもしてくださいよ。そしてキッチリ会計を済ませた残りが新しいマックの軍資金となるっス。やっぱ大黒柱が財布を握らなくちゃイカンですよ。」

のぶおの熱弁に不思議にもなんだがそんな気がしてきた。家計はワシが握らなくてはイカン。何故残業で遅くまで働く私が、家庭で過酷な奴隷生活を味あわねばならんのだ。

呉「悪い、のぶお。俺、帰って嫁さんを説得してくるわ。じゃまたな。」

銀色のカプチーノは爆音をたてて夜の闇へと消えていった…。

呉「ただいまぁ〜、今日は大事な話があるからイッキに説明する。今まで給料を全部オマエに預けて俺はそこから二万円を貰っていたが、俺が家計を今後管理する。とりあえず食費を10万円だけ渡す。後は俺がやるから文句を言うな。」

空耳であろうか、言った後、どこからかしら「プチン」という音が聞こえたような気がした。

嫁「アンタ、よう聞きや。アンタに家計を預けたらこの家の崩壊は目に見えてる。この家は私が守る。黙ってたら好き勝手言うてからに。この家のルールは私が厳しく取り締まる。」

呉「だから10万円もオマエにまず預けると言ってるじゃないか。」

嫁「三人も子供生みくさりおって、言っとくけど10万くらいの端た金じゃハムスターも養えへんのじゃい!」(怒号



これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。

独身者のアドバイスは役に立ちません

と、一言いっておきたい。