「喘ぎ泣く休日」



休みの日くらい、子供を公園に連れて遊びに行ってこい

強制的とも言える嫁の一言によって私の豊かであるはずの休日は早朝から脆くも崩れ去ってしまった。それとは反対に保育園に通う長女は大喜びである。なんせ私は根っからのインドア人間だ。遊びはもっぱら家の中。子供と外で遊んだことなど、今までに数回しかない。

天気は快晴。とりあえず娘の手を引いて県住の中にある公園へと向かう。私の手を引っ張り早く公園に行きたがる長女。しかし私は日頃の残業で相当身体が疲れているのか、貧相なドラキュラの如く直射日光に立ちくらみを憶えてしまうのであった。必死に笑顔を作り、手には取ってつけたようなお砂場セット。ヨレヨレに歩く姿はかなり痛々しい。

公園に辿り着くまでに日射病! こんな内容で地方誌の見出しなど飾りたくはない。

やっとの思いで公園に到着。長女は砂場に向かってまっしぐらだ。私はベンチを探すと遊びより先に腰掛けた。公園内を見渡すと、7、8組の奥様連中が立ち話に夢中になっている。子供遊びというのは名目であって、井戸端会議が目的で公園に来ているのだろう。

長女は砂場セットで砂場に山を作りはじめた。私が遊ばなくても一人で遊んでいるだろう。しばらくすると長女より小さい男の子が砂場に入ってきて仲良く砂遊びをしはじめた。

「こちら、よろしいですか?」

男の子の母親であろう。長く真っ直ぐな髪の毛にスリムジーンズ。白いシャツが眩しい。顔は「松たか子」系であり、白目が奇麗な美人である。

私は極度の緊張のあまり言葉に詰まる。

呉「あっ、えっ、こっ、ここ空いてますんでー。

こんな大事な場面で一オクターブも上がってしまう自分の声が恨めしい。しかしそうなってしまうのも仕方がないと言える。生まれてこのかた、このような美人に「隣に座ってもよろしいですか?」みたいに声をかけられる機会のなかった、極めて殺風景な人生でした。

これが私が独り者なら、やはり同じ状況でもこうはならないであろう。私が長女を連れた「お父さん」であるから、男性としてではなく、長女を掛け橋とした恋愛抜きの親同士という屈託の無い空間が生まれているのだ。

それにしても自然だ。緊張で勝手にドキドキしているのは私だけらしい。暖かい日差しの中、目を細めて子供の姿を見つめる隣の美人妻。

休日の公園遊びも悪くない。

「早起きは三文の得」というのは本当でした。

このような機会は滅多に無い。松たか子似の奥さんと少しでも多く会話がしたい。何でもいいから話題を作れ。

呉「あのぅ、ここの県住の方ですか?」

恐る恐る会話を切り出す。

奥さん「はい、裏の5号棟に最近引っ越してきたんです。」

最近の引っ越し…。これはもうアツアツのとれとれピチピチな若妻である。しかし私が素直な感想を文章に起こすと何故にこうもいやらしく響いてしまうのか。

奥さん「よく子供さんを連れて公園に来られるんですか? いいなぁ、ウチの主人はパチンコが大好きで、休みの日に子供と公園なんてまず無いんですよ。」

呉「僕ァ、休みの日は必ず子供を公園に連れて行くんですよ。青空の下が大好きでね。」

キザに言いながらも脳細胞の片隅ではもう一人の私が激しくツッコミを入れまくる。「嘘つきまくって何好感度を上げようとしているのだ。」「柄にもなく僕とはなんだ。僕とは。オマエは加山雄三か。」

隣で静かに溜息をつく美人妻。きっと御主人はパチンコに明け暮れる博打夫なのだろう。そしに対して同じ県住には子供を公園に連れて行くイケメンな私。美人妻はこの時点で完全に私に「ホの字」のハズだ。

呉「やっぱり外で遊び、大喜びしている子供の顔ってもんは最高です。日頃の仕事の疲れも吹き飛びます。」

横目で美人妻が私を見ているのがわかる。隣の客はよく柿喰う…もとい、隣の花は赤い。ということなのであろう。

私たちの会話に気が付いた長女が息を切らしてこっちに走ってくる。

長女「パパ、今日は早く帰りたいって言わへんなぁ。今日は早く帰ってファミコンしないの?」

娘が最悪なキーワードを口にした。必死になって取り繕う私。

呉「フ、ファミコンって何のことだい? そうか、長男君が一緒にやってくれとせがむテレビゲームのことか。」

長男にせがまれたことはおろか、私の所有する古いプレミアゲーム機は子供達に触らせもしない。率先してメインにプレイするのは私の方である。

奥さん「家の中で外で…。お父さん優しいねー。」

優しく長女に話しかける美人妻。その透き通った声は天使のようである。ウッドベースのような凄みのある重低音の妻の声とは雲泥の差だ。もうちょっとお近づきになろう。と、私が話しかけようとしたその時。

県住に響き渡る大きな音。なんだ? これは。猟銃? いや、熊はこの辺にはいない。マタギなどいないハズだ。音の出所を必死になって探す。3階だ。我が家からだ。そこには凄まじき剛力で蒲団叩き棒を打ち震う嫁の姿があった。

ここからベランダまで500メートルはある。それなのに私は嫁のものすごい形相が確かに見えた。恐怖が視力を強化させたのか。今、私の目はニカウさん状態であった

子供もすっかり寝静まった深夜。ここからは夫婦の時間である。珍しく嫁が私にコーヒーを入れる。

呉「ぶぼへえっ!」(吐き出しダミアン状態)

それはこの世のものとは思えないコーヒーの味であった。それはもう目に涙さえ浮かぶくらいの。

嫁「アラ、私砂糖と塩を入れ間違えたみたい。」

台本を棒読みする大根役者を思わせる白々しすぎる台詞だ。

嫁「日頃はマックに浮気しているかと思ったら、今日は公園で人妻をナンパですか?」

呉「だ、だれがナンパやねん。人聞きの悪い。あれは子供の教育について話とったんじゃ。」

嫁「ほぉー、子供の教育の話にしては、会話ごとにアンタはジリジリと奥さんとの距離をつめてたよなぁ。」

呉「オ、オマエいつから見てたんや」(滝汗

静かに正座して洗濯物を畳む妻。口調が冷静なだけに私の恐怖を加速させる。

嫁「なんかデレデレしてアンタイヤラシかったわ。アンタはあの時、絶対に変なことを考えてたやろ。」

呉「ア、アホ言うな、ワシが不倫なんかするかいな。この機会やから言っておくわ。ワシはな、不倫する金があったら、G4のアップグレードカード買うわ。よう考えてみい。ワシは目の届くわかりやすいダンナやで。お金持っても風俗行くわけでもなし、博打しに行くわけでもなし、酒飲みに行くわけでもなし。ただ、お金があったらマックをパワーアップさせたいだけの夫や。オマエの手の上に乗るインドアな監視しやすい男じゃ。手乗り文鳥みたいな夫じゃ。オマエはどっちがいい? お金持ったら風俗走る男と、そんな事にお金使うより部屋のマックをパワーアップさせる男と。考ええんでもワシの方が理想的な男だとは思わんか?」

嫁「何、起きたまま寝言言うとるんじゃ。夫になったら不倫にも趣味にもお金を使えなくて当たり前なんじゃ。それが普通の夫なんや。アンタは金がかかりすぎるんじゃ。これならいっそ、おらん方がエエわ。そうなったら保険金でお金にも困らんし、母子家庭になって国から援助もしてもらえて、アラ、そっちの方がイイかも…。」

いつのまにか独り言のように延々と語り続ける嫁。私は塩コーヒーを持ちながら、終わっていく休日に涙で幕を閉じるのであった…。



これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。

結婚とは生も死も地獄

と、一言いっておきたい。