「暗躍の代償」



 残業で疲れ切った自分へのささやかな御褒美として仕事の帰りコンビニに立ち寄り、巨乳グラビアを悠然と眺めていたときのことだ。突如頭の中に物凄いアイデアが閃いた。これはもう「天啓」といってもいいだろう。

今までの私は何事にもひとりで頑張りすぎていた。涙ぐましく、そして愚かであった。それは巨大風車である嫁に竹槍で突っ込んでいくドンキホーテのようなものだ。

私が渾身の力で繰り出す一撃であっても、嫁にしてみれば「蚊を落とす」くらいにしか感じてはいない。私は毎回虚しく空の彼方に吹き飛ばされて星屑になるだけのことである。

もっと早く「ひとりの力では到底嫁には勝てない」事実に気が付くべきであった。一家の主というミジンコの如きささやかなプライドが邪魔をしていたのであろうか。複数の力で悪を倒すことは何も恥ずべきことではない。

秘密戦隊ゴレンジャーだって公然と五人で闘っているではないか。

私のDNAを忠実に受け継いだ愛する我が子たち…。確かに「危険な賭け」ではある。何故なら子供達は私のマック好きの成分も入ってはいるが、嫁の凶悪な成分も含まれているからである。

しかし子供を味方に付けた「三対一」攻撃でなければ、数年前から硬直している「新機種購入作戦」は何の進展の兆しも見えてはこない。

「籠城」ともいえる現状ではいずれ兵糧も底が尽き、ストレスのあまり私は干上がってしまうだろう。

そうなる前に一刻も早く手を打たねばならない。世のサラリーマンは出世の為、上司に中元歳暮を贈り憶えを良くしているではないか。世の中そういう仕組みになっているのだ。魚心あらば水心なのだ

明日は日曜日だ。作戦決行の日は明日以外に無い。

本屋に立ち読みに行ってくる。ついでに子供達も一緒に連れていこうか?

部屋の掃除をしたがっていた嫁は大喜びである。急いで掃除機を抱える嫁は私の下心を見抜けるはずもなかった。

長女「あれ〜? パパァ、こっち本屋さんじゃないよ。」

フロントガラスに映る景色に異変を感じた長女が真っ先に口を開く。

呉「いやぁ、いいんだ。いいんだ。パパはいつも仕事で忙しいだろう? そしてお休みの日はマックを触っているだろう? だから今日はみんなにサービスの日だ。次はぁ〜杵屋ぁ〜杵屋ぁ〜。」

嫁の車であるマーチの後部座席は既にお祭り騒ぎである。マーチは勢い良く近所の喫茶店に滑り込む。

長男は素早く車から飛び降りるとガラスケースに頬っぺたをくっつけるほどの勢いでメニューを覗き込む。私は子供達にこれほどまでひもじい思いをさせてきたのか…。

長男「パパァ〜、僕ケーキセット。絶対ケーキセット。」

呉「わかったわかった。で、長女ちゃんは何にするか決まった?」

私の問い掛けに一瞬、長女の顔が曇る。そして言葉に詰まりながら小声で話しかけてきた。

長女「パパ。私、チョコレートパフェが食べたいんだけど、ちょっと高そうなんだけど、パパお金大丈夫?」

私は心の中で激しく泣いた。子供達はママがお金を持っていて、パパはお金を持っていないということが当たり前のようになっている事実に。お前達、それは違うんだよ。ママの持つ財布に入っているお金はね、パパが血と汗で稼いできたお給料を巻き上げているだけのことなんだよ。

テーブルにカラフルなケーキセットとチョコレートパフェが並ぶ。それを見て半泣きな子供達。

長女「パパァ〜、私パフェ久しぶり〜。超久しぶり〜。」

長女の高い声が店内に響き渡る。浜崎あゆみに似た金髪のウエイトレスさんが信じられないような目で私を見る。子供達よ、頼むから声のボリュームは落としてくれ。

呉「さて、お前達。今日はパパのお話を聞いてほしいんだ。」

長女「お話ってなあに?」

呉「あのな。パパの持ってるマック。ずーっと同じマックやろ? もうだいぶ古いねん。でな、新しいの買って欲しいんやけどママが怒るやろ。そこで二人にパパの応援をして欲しいんや。」

長女「応援? でも怒るとママ怖いし…。」

呉「ほーら、ほら。そのチョコのついたバナナ、おいしいから先に食べなさい。なんならおかわりしてもいいぞ。簡単だ。二人でパパいつもお仕事頑張ってるのに頑張った御褒美に新しいマック買ってあげてよ。って言うだけでいいんだ。パパが可哀相って泣いてみせるのも効果的だな。」

長女「でもママがお風呂で言ってたよ。マックがあるから階段のあるおうちに住めない。って。おうちが買えないのはみんなパパのマックのせいだからね。って。私、階段のあるおうちに住みたいし…。」

呉「ジャンジャジャ〜ン。お楽しみサービスデーはこれだけでは終わりません。食べ終わったらみんなでトイザラスに行きましょう。二人はいっつもイイ子だからパパが好きなオモチャを買ってあげよう。」

長男「いいの? パパいいの? クリスマスでもお誕生日でもないのにオモチャ買ってもいいの?」

長男の声が店内に響き渡る。奥では浜崎あゆみ似のウエイトレスのテーブルを拭く手が止まる。頼むから声のボリュームは落としてくれと言っておるだろうが。

スライディングしそうな勢いでトイザラスの店内を駆け抜ける子供達。どうやらお目当てのオモチャは決まっているようだった。

長女「パパァ、私、この折畳みミニパソコンがいい。」

長女の選んだのはモノクロ画面で簡単なゲームができる旧ibookに似たオモチャであった。特価5980円也。

かなり痛いなり。

長男「パパ、僕はガオレンジャーのロボットのガオエレファントがいい。」

特価1980円也。なんとか手持ちの軍資金で収まりそうだ。しかし喫茶店代とオモチャ代でかなりの出費である。月末まで大丈夫なのか。イヤ、いかん。そんなケツの穴の小ささでどうする。先行投資だ。今回だけは絶対にエビで鯛を釣らねばならぬのだ。

呉「いいか。忘れるなよ。これはパパを応援してくれる約束で買ってあげるんだからな。わかったならレジ行ってしてらっしゃい。」

長男「でもねパパ。この前僕がガオエレファント買って。ってママに頼んだら。クリスマスまで待ちなさい。って怒られたよ。」

呉「だからママにはオモチャを買ったこと内緒だってば。パパが先に玄関入るからオモチャは後ろにでも隠してサーッと奥の部屋に行きなさい。そして素早くオモチャ箱に入れてわからなくするんだ。わかったな。」

その言葉に安心したのか、子供達は順番争いをしながらレジまで走っていった。

それでも県住の階段を登るたびにうつむき勝ちになる子供達、嫁の恐怖独裁政治の力が伺える。心配ないパパの味方につきなさい。そう心では思いながらもドアノブに手を伸ばす自分の手がかすかに震えていることに気付き愕然とする。

勝たねば。勝負には勝たねばならん。

呉「ただいまぁ〜。」

牛の死骸の如くテレビの前に寝そべりながらワイドショーを観ているお馴染みの光景が目に飛び込む。

嫁「アンタ立ち読み言うてたけど、えらい長かったやないの。」

呉「いや、面白い本があってな。買おうかとも思ったけど節約して立ち読みで済ませてきた。」

オーバーアクションで嫁の注意を引きつける私。私の後ろを小さい歩幅で通り抜ける子供達。

嫁「チョット、長男ちゃん。待ちな。

嫁の怒声に凍りつく長男。振り向けば腹にガオエレファントを隠しているのでシャツが異様に盛り上がっている。アホウか。腹に隠す奴があるか。

嫁「何シャツに隠してるねん。そっちに逃げんと言うてみ。」

震える長男。見つめあう父と子。嫁と私の顔を震えながら交互に見比べる。長男の緊張は遂に限界まで達した

長男「ママ、聞いて。僕な。僕な。別にいらん言うたんやけどパパがな。味方になったらオモチャ買ってあげるって。」(号泣!!

巨額の軍資金を投じた作戦は、僅か30秒で完全に崩壊した。

長男は徳川軍の威嚇射撃で簡単に寝返った小早川軍状態である。振り返り頼みの綱である長女にアイコンタクトを送る。

長女は俯いたまま何も言葉を発しようとはせず、これも関ヶ原の合戦で味方に付くと言いながらも結局最後まで動かなかった毛利軍状態であった。

全軍総崩れである。

嫁「ははぁ〜ん。オモチャで釣ったわけか。私が日頃からオモチャは誕生日とクリスマスだけってしつけてきてるのに。アンタは子供の前で平気で無駄遣いして見せるんか。わかった。そんな余裕があるなら小遣いカットして家計にまわしても全然問題ないな。来月からそないさしてもらお。」

自決を前にした石田三成の心境もこうであったか…。鮮やかな夕焼けの中、何重にもエコーする町内放送だけが虚しく響いていた。



これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。

根回しする場合は時間をかけるべし

と、一言いっておきたい。