
「迎え撃つ帰省」
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青春。あぁ、なんと甘酸っぱく心に響く言葉なのであろうか…。誰にでもある青春。私の場合はオクテもいいところであった。 女性と話をすることが恥ずかしくてたまらず、私は数人の同志と部屋に篭り、恋愛などには目もくれずひたすらマンガ本制作に没頭した。マンガ家になるつもりだったのである。二十歳になる頃には地方誌に私のギャグマンガが掲載され、そこそこイイ線までいっていたのだ。そのままマンガを描き続ければ、大きく化けた可能性もあったわけだ。 そのうちに友は地方で活動する進行の遅さに嫌気が差し単身上京。そのままアシスタントになりプロのマンガ家になってしまった。友に続けとばかりに仲間達は次々に上京し、今では皆、見事マンガで飯を喰うようになっている。立派なものだ。 「お前も来いよ。東京に…。おまえならできる。」 感動的な青春のワンシーンだ。まさしく人生の岐路。まだ若すぎる二十歳に課せられた人生の選択である。大人が聞けば笑いそうな夢を追い求めて上京するのか、それともこのまま地元で就職して、次第につまらない大人になってしまうのか。 しかし私はその時、嫁さんと出会ってしまっていたのだった。その頃の嫁さんは夢を追うことをためらわせるくらいに巨乳でチャーミーだったのである。結局私は夢を追って上京する道よりも、嫁と結婚する道を選んでしまった。 私がバカであった。 その瞬間「第二の手塚治虫」の再来は完全になくなった。それはまさしくマージャンで言うところの「チョンボ」である。 今日もまた陽は昇る。チョンボな人生の始まりであった。 ※ 嫁「あっ、そうそう。そういえば昨日、東京の連中から電話があったで。今年も正月帰るから休みの日程を教えてくれ。って。」 嫁の手は台所でせわしく動く。フライパンの上の焼きそばが、嫁の剛力によって可哀相なくらいにこねくりまわされている。 呉「そうかーっ。今年も帰ってくるか。楽しみやなぁ。」 思えば私と青春を共にした者達は皆申し合わせたように上京してしまい、それぞれ向こうで成功を収めていた。見渡せば地元「姫路」に残っているのは私只一人だけで、嫁の「買い物荷物持ち地獄」から逃れようと思っても逃亡先である友の家は近くにはなく、私は不本意ながらも一年中奴隷地獄にならざるを得ない状況なのであった。 したがって旧友と親交を温めるのは帰省できる盆と正月くらいしかなかったのである。 呉「オマエ。年に二回の行事や。ボーナスも出たことやし、年に二回くらいは交友費を家計から出しても文句はないやろう。年末は19の頃に戻って朝までドライブ。ええなぁ。青春やなぁ。」 私が目を細めて旧友との再会を待ちわびている横で、嫁の表情が刻一刻と鬼の形相に変化していることなど知る由もなかった。 嫁「アンタ。もしかして今年も家を空けるんと違うやろなぁ。」 呉「は? 今なんと?」 嫁の重低音溢れる凄みのあるセリフに驚く前に、私は嫁の話す内容に一瞬耳を疑った。耳クソは先週掃除したばかりである。 呉「どういうことや? 当たり前やないか。東京から年に二回だけ帰ってくるんや。当然夜通しで遊びに行くで。」 嫁「父親になっといていつまで起きたまま寝言いうとるんじゃ!」 嫁の常識外れな怒声が狭い県住の部屋中に響き渡る。きっと隣接する県住にまで聞こえているハズだ。コンクリートで何度も反響し、セリフの一字一句まで世間に筒抜けなのだ。5.1チャンネルも真っ青なエコーである。 呉「なにむごい事言いよるんじゃ。知ってるやろう。俺の周りには旧友はいないって。殺生やないか。それはそうとオマエの場合はどうなんじゃ。やれ婦人会の会合や言うては喫茶店に集合。やれ保育園のバザーの打ちあわせや言うてはファミレスに集合。オマエはしょっちゅう友達と遊んでるやないか。」 嫁「誰が遊んどるんじゃ。それはどれもこれも必要な集まりやないか。」 呉「オマエだけズルいぞ。今度だけはオマエがどう言ったって行くからな。わかってるな。」 嫁「ちょっとそこ座れ!」 無意識の中「パブロフの犬」という言葉が脳裏をかすめる。条件反射の代名詞だ。気が付けば私の尻は私の反抗したい意志とは逆に、カーペットも何も敷かれていない冷たい床に密着していた。何故? どうして? 聞きたいのは「一秒前の私に一体何があったの?」ということなのである。 嫁「アンタなぁ。胸に手ぇ当ててよう考えてみいや。アンタ、休みのたんびに「今週は仕事忙しかったから休日はメールチェック」とか「ホームページの更新が遅れてるからマックを触る」って。この前の盆から半年。まともに子供をレジャーに連れていったことあったか?」 ない事実に愕然とする私。しかし仕方がないのだ。仕事に疲れ、休日は昼まで寝て午後は限られた時間でマックに向かう。思えば子供と遊園地に行ったりしたことなどこの半年なかった。来週こそはきっと。と思いながらの師走である。 嫁「そしてようやく纏まった休みがもらえる年末に今度こそ家族でレジャーや思うたら友達と夜通しで遊びに行くてか。ええかげんにしとかな私も堪忍袋の緒が切れるで。」 既に切れているではないか。という事実はこの場面で忠告するのは自殺行為であり「地獄に向かって特攻野郎Aチーム」である。 嫁「何か私が間違った事言うてるか? 休みの日にはマック。隙があったらマック。家計からマック。ただいまの前にマック。アンタはマックの社員か?」 マックの社員などない。アップルの社員だ。という訂正は事をややこしくするばかりなので黙っておく事にした学習効果のある最近の私。 呉「た、確かに纏まった休みで家族レジャーはしとらん。だけどなぁ。ホンマ、旧友が帰ってくるのは盆と正月しかないんやで。それまで取り上げるんか? 日頃頑張って働いている俺に御褒美として2、3日フリーな時間をくれてもエエやろう?」 嫁「そうしたいんやったらこの半年、少しはマックを自粛せんかい!」 どういうことだ。今回は珍しく嫁の話の筋が通っているような気がする。しかし旧友との再会を禁止されるのはあまりにも痛い。 呉「オマエは会合やいうても行こうと思えば友達と遭えるやないか。だけど俺の場合は行こうと思っても相手は東京や。気軽に行ける距離やない。わかってるやろう? 頼むから正月休み遊ばせてくれ。なっ。」 そのセリフを聞くやいなや、今までの鬼の形相とは打って変わって急にしおらしくなる嫁。 嫁「アンタは貴重な連休を友達に使うんか。その間は子供連れて実家に帰れってことか。私はどないするんよ…。」 嗚呼。神よ。なんということだ。嫁は私の楽しみを邪魔して喜んでいるのではなかったのだ。纏まった休みに夫婦で向き合う時間がただ欲しかっただけなのだ。考えればなんと可愛らしいことよ。要するに私を数日間独占する旧友に「嫉妬」していたということだったのか。 複雑な女心。いくら鈍感なB型の私でも嫁のいじらしさにはさすがにクラッとくるものがあった。新婚当時のあのホットな感情が鮮やかによみがえる。忘れていた妻への愛しさが少しずつ記憶の底から呼び戻される。 そうか。そうやったんか。それやったらそうと早く言ってくれれば無駄なケンカなぞせずとも済んだものを。口調は恐ろしいが根は可愛らしいところもあるではないか。意外な再発見に驚いている私の思考を嫁の言葉が遮る。 嫁「アンタがおらへんかったら、私子供抱いてるいうのに誰が大量のおせち材料を持つんよ…。」 どこかで花瓶の割れる音がした。いや、実際にしたのかはわからない。空耳だったのかもしれない。そうですか。そうなのですか。私は貴方の最愛の夫である前に、大量のおせち料理を両手に持って運搬する大事な使用人なのですか…。 気分はパーフェクトブルーであった。それはもう冬の澄みきった青空のように…。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「適度な家族サービスは絶対に欠かさぬ事(涙目)。」
と、一言いっておきたい。
完