
「葬られた記憶」
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「ちっとはマックの周辺を片付けんかい!」 この言葉だけを残し嫁は子供を連れてデパートへ行ってしまった。私のマックの周りは本やCD-ROM、プリント用紙やビデオテープなどが見事に散乱している。 嫁は頭に「超」が付くほどの整理魔だった。ビデオはラベリングして整理、CDもアーティストごとに並べ、雑誌等は月ごと順番に並べないと気が済まないタチであり、そうでない者、つまり私のようなタイプの人間は「シバキ」たくなる人種ナンバー1ということになるのである。 しかし天才肌のB型である私から言わせてもらえれば、これは子供が只単に散らかしているだけの状態ではなく、極めて機能的に配置されているのだ。と声を大にして叫んでみたいところなのだが、直情型であるO型の嫁に一時間かけて説明しても恐らく理解してはもらえないだろう。 嫁はなにかにつけて細かいのだ。先日もそうだ。会社から電話があり小声であったにもかかわらず「愚妻が選んだものですので…」というフレーズをちゃっかり聞き逃さず、受話器を置いた0.3秒後には 「誰が愚妻じゃあ! 私が愚妻ならオマエは正真正銘の愚夫じゃあ!」 世帯主に向かってグフとはなんだグフとは。ザクとは違うのだよ。などと錯乱したくなる毎日なのである。 それでデパートツアーに置いてけぼりをくらってしまった私は、嫁の整理魔スタイルに合わせるべく机の周りを片付けはじめたのだが、掃除中フト足下に長年放置してある大きなカゴに気が付いた。このカゴは気に入った物を無造作に放り込む「お気に入りカゴ」とも言えるべき物で、聞き込んだCDを飽きたらポイ、何度も愛読した小説をポイ、何回も閲覧した最高品質でプリントアウトされた巨乳グラビアアイドルの水着姿を嫁に見られぬように二つ三つ下にソッと安置する。といった具合に私の趣味がそのまんま「長年の地層」となっている代物なのだった。 溢れ気味になったカゴを見て思い返せば、結婚以来カゴの周りのホコリを雑巾で拭いたくらいで、中の整理は全くされていないことに気が付いた。上に置かれている本やらCDは最近置いたものなのでわかるのだが、はて、一番下には一体何を置いたのだろう。 いくら考えてみても最下層の地層に何が埋まっているのかわからなかった。そうなるともう掃除どころではなく私は雑巾を置くと発掘隊の気分でお気に入りカゴをガサゴソと漁りだした。 それにしてもまぁよくここまで溜め込んだモノである。途中で挫折したマックソフトの参考書、読みかけのまま置き忘れてそのまま埋没してしまった推理小説。今は人妻になりグラビアとは縁遠くなってしまった元祖巨乳アイドル雛形あきこの切り抜き写真ファイル。それはもう「オゥ、こんな所にあったのか!」の連続であった。 とりあえず漁りながら出てきた物を一応分類し、ようやく最下層に辿り着いた。出てきた物は何の変哲もない大学ノート一冊。遠い過去に見たことがあるような気がする。確かに私のノートなのだが中に一体何が書かれているのか思い出すことはできなかった。 手に取り表紙をじっくり観察してみると、そこには確かに私の字が書かれていた。ノートの中央にボールペンで「MY Da」とだけ書かれ、その上から横線二本で消されてある。どうやら英語でマイダイアリーと書きたかったのだろうがスペルがわからなかったようだ。 そしてその下にカタカナで「マイダイアリー1992」と開き直ったなぐり書きの字で書いてあった。自分のバカさ加減にキレてでもいたのだろう。若気の至りとはいえ、自分の青臭かった現実を見せつけられるのは変な汗も出てきてイヤな気分であった。 今が2002年なので丁度10年前の日記帳ということになる。しかし何度色褪せた日記帳を眺めてみてもそこに何が書かれてあるのかが思い出せなかった。そしてそれは何故だかはわからないのだが「決して開けてはいけない」というオーラが全面から発せられていたのだ。 もしかしたらこれは私にとって開けてはならぬ「パンドラの匣」なのかもしれない。こんな最下層に安置されたのは何か意味があったのかもしれない。わざわざ過去の自分が訳あってこんな奥に隠してくれていたのかもしれない。 それでも「誘惑」という魔の手からは逃れることができなかった。このまま元の位置に戻してしまったら今夜は気になって寝つけなくなって、場合によってはストレスで夜泣きしてしまう可能性もないとは言えない。。 私は背筋をただすと改めて過去の日記帳と向かい合い、やはりゆっくりとページをめくってしまうのであった。
逆に俺はなんてヒドイ奴なんだろう。アイツにはまだ俺がゲーム大好き人間ってことを話していない。アイツが家に遊びにくるたびにたくさんのゲーム機とソフトを急いで押し入れに隠し続けたのにはホント苦労した。そしてアウトドア人間ってことにしている嘘も、掃除好きでいつも部屋が整理されているのは実は母が毎週掃除してくれているのも打ち明けていない。 アイツが俺の前では全てさらけだしてくれているのに俺は仮面をつけたまんまだ。アイツは結婚してもきっとデートしているままの優しいアイツなんだろう。結婚しても俺みたいにボロなど出ないと思うと罪悪感に責められてしまう。俺はなんてヒドイ男なんだ。 優しいアイツに心から悪く思っている。 そしてナイスバディーなアイツ。そんなキュートなアイツだから最近職場でコンパの誘いやナンパが絶えないらしい。バカな男共が可愛いアイツにまとわりついてくるのだ。もし害虫共がアイツに手出しをしたら俺は絶対に許さない。 俺は全身全霊を込めてアイツを一生守り抜く この気持ちよフォーエバー…。今、ここに記す…。 ※ 私は日記帳を手にしたまま、どうやらしばらく放心していたようである。もしかしたら起きたまま失神していたのかもしれない。そして込み上げてくる恥ずかしい衝動を抑えることが出来ず、私はもう少しで柱に頭を激しく打ち付けるところであった。文字通り「自殺行為」であり発狂寸前である。 手は震え、額には汗も浮き出ている。それにしてもなんとまぁ幼稚な文章なのであろうか。そしてなんというおぞましい文章を私はこの世に残してしまったのだろう。なにが「この気持ちよフォーエバー」か。なにが「今、ここに記す…」か。そんなもん記さんでもよい。 とことんアホウであった。恋は盲目とは本当によく言ったものだ。今から思えば仮面をつけていたのは私だけではなかったのだ。思えば恋人時代は手作り弁当にはこってりメニュー満載であったのだが、結婚したら嫁は「あっさり派」で魚好きというのもわかった。 優しい口調も…、恋人時代はそうであった。ここまでコテコテの関西弁で激怒する女に豹変するとは考えもしなかった。そしてトドメは「俺は全身全霊を込めてアイツを一生守り抜く」だ。「アイツに一生責められる」人生になってしまった。 なんという恥ずかしい日記なのだ。なんでこんなイカレポンチの文章を熱を込めて書いていたのだ。ナルホドそれでわざわざ過去の自分はこんな奥に封印してくれていたのか。過去の自分の気遣いを無駄にしてしまった。やはり見るべきではなかったのだ。 ベランダに柵がなかったら私は躊躇わずに「その一歩」を踏み出していたことだろう。 呆然としている所に県住の階段からガサゴソと嫁の持つナイロン袋のすれる音。 「ただいま〜っと。掃除どないや。ちゃんとエエ仕事できたんか。」 これが今の私の現実である。そうだ。こんな日記こっそりと燃やしてしまおう。嫁がキュートで優しかった時代が存在していたというのは今の私にとっては酷な話である。こんな日記「傷口に塩をすり込む」だけのものだ。 そうだ。そうなんだ。嫁は昔からこうだったんだ。そうだよ。結婚前もこんな調子だったんだ。口調も怖かったんだ。態度もこわかっ…(延々思考のループ)。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「どんな過去も時間は洗い流してくれる」
と、一言いっておきたい。
完