
「神父は二度鐘を鳴らす」
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広島に住む従兄弟が結婚することになったので、家族総出で出席することになった。 チャペルでの結婚式のスタートが11時なので、姫路を朝の7時に出発である。前日、残業で遅い帰宅であったにもかかわらずネットサーフィンしてしまった為、早朝六時の起床では当然のごとくスピーディーな動きは期待できず、結局ボサボサ頭、ヒゲも剃れず、寝ぼけた目のまま車をスタートさせたのであった。 オヤジとお袋と弟も式に出席するので、車二台で一路広島である。子供達はオヤジの車の方へ乗ってしまったので、姫路から広島までの数時間「車内鬼嫁と二人っきりタイム」という恐怖のひとときを過ごすハメになってしまった。 山陽自動車道に乗るまではお互いに無言で、ただオヤジ達の車を追いかけるだけであったのだが、車が高速に乗った途端、嫁は結婚式に参列する夫婦が朝に交わす会話とは到底思えない暴言を発した。 「前から式の当日は朝六時に起こすからな。って散々言うとったのに昨日も遅くまでマックの前にへばりついて一体どういうつもりやねん。髪もボサボサ、目も寝不足で腫れて、それよりなによりそのヒゲや。その貧乏臭いドジョウヒゲどないかならんのかい。」 人間というものは暗示でどのようなものにでもなるのではないかと思うのである。小さい頃から子供に「オマエはダメな奴だ」と言い続ければ、きっとその子供はダメな人間に育つと思うのだ。その証拠に映画「ロッキー3」でセコンドのアポロに「オマエはやれる。オマエは強い。」と耳元で連呼されまくったロッキーは、暗示効果で見事勝利を収めたではないか。このような毎日では嫁の暗示効果によって、そのうち本当に貧乏臭いドジョウ夫になってしまいそうな気がする…。 「そないな事言うたってオマエ、俺は披露宴で「SOME DAY」を唄う大役が待っとるんや。緊張して昨日なんか眠れるかいや。オマエはただ座ってご飯食べてたらええだけやけどな。俺はマックでも触らな落ち着かへんかったんじゃ。」 「またそないな言い訳ばっかり言うてから…ってアンタッ!」 さきほどから二人とも大声で言い合いしている時にも、互いに誰かの視線を感じていたのだ。嫁が見ている先を追うと…。後部座席からこっちを見ているお袋であった。半泣きで涙目で、すっかり潤んで黒目だけになってしまったピカチュウのような目のお袋であった。一番下の子の頭を抱きかかえ「残酷な物をこの子にだけは絶対に見せません」という強いお袋の意志が見て取れた。頼むからお袋よ。目出度い式の朝なのに半泣きにならんといてくれ。 「ホレ、アンタがしっかりせんからお義母さん心配でこっち見てるやないか。今からの会話は全部笑顔や。わかったな。」 「そもそもオマエが一家の主を捕まえて「貧乏臭いドジョウヒゲ」みたいな事を朝っぱらから言うから、こっちも気分が悪くなるんじゃ。どないかならんのか? と言いたいのはこっちの方じゃ。」 私は満面の笑みで嫁に話しかけた。 「アンタが昨日でもマックに向かわんと早く寝て寝坊なら私もここまで怒こらんわい。目出度い式の前日でもアンタはマック、マック。ええ加減こっちも切れるっちゅうねん。たいがいにしときや。」 こぼれおちそうな笑顔で嫁も返してくる。 「大勢の親戚の前で唄うんや。緊張で眠られへんナイーブな気持ちがオマエは理解できんのか。オマエは今まで運動会の50m走でスタート直前に一回も腹が痛くならなかったと言い切れるんかい。」 だんだん声のトーンが上がっていく私ではあったが、顔だけは「光GENZIのプロマイド」のような「これ以上できません」というくらいの作った笑顔で嫁に言い返した。 「そんな見苦しい夫を連れて結婚式に出席する妻の気持ちになってみぃ。みんなオシャレして出席するんじゃ。目クソつけたまま出席するのはアンタくらいや。ホンマええ恥さらしや。」 嫁の新婚時代を思わせるような甘い微笑みを見て安心したのか、お袋はようやくこっちを見るのを止め、座席に座り直して子供達と遊びはじめた。とりあえず危機は去ったようである。 ※ バージンロードを奇麗な花嫁さんが歩く。神父の前に幸せに満ちた若い二人が並ぶ。指輪を交換し熱い接吻を交わす。仲の良い従兄弟の結婚式に胸が熱くなり一人ヒートアップしてしまった私は、真横で唄われる生の賛美歌が手伝ったこともありチャペルで涙をこらえることができなかった。 二人は式を無事終え、中庭に出て仲間達からフラッシュの嵐を浴びている。私達はロビーのイスに座り、披露宴がはじまるまでの間二人の幸せそうな様子をガラス越しに見ていた。 「ハァ〜、なんか私とことん情けないわ。アンタ聞いとったか? 神父様の有難い言葉を。ナンジハ、イッショウアイスルコトヲチカイマスカ? 確かアンタも誓ったよな。ナンジハ、アイテガビョウキノトキモ、アイテヲイタワリ…、アンタ私が風邪ひいたときにどんな料理作ったか覚えてるか? サッポロ一番やで。なめとるんかいな。風邪もこじれるっちゅうねん。」 一番他人に聞かれたくない家族の恥部が神聖なるチャペルに響き渡たる。 「アンタ、神父様の前で恥ずかしくならんかったか? 居心地が悪くなかったか? 少しは改心しようちゅう気になったか? アンタあの時神妙な顔で「ハイ、誓います」とかぬかしたよなぁ。嘘か。あれは全部嘘か。」 なんで私はこんな目出度い日に嫁から延々と説教を受けねばならぬのだ。なぜいつもこのような事になるのだ。いつから私の人生は狂い始めたのだ。神よ。教えてタムレ。 「ナンジハ、タガイヲソンケイシ…、って貧相なドジョウヒゲのアンタ見てたら尊敬なんてとても出来ませんわ。マック触り始めてから神の誓いを奇麗サッパリ忘れてしもうとるんやないか? アンタは耳元でもっぺん鐘を鳴らしてもらわんと思い出せんか?」 外では白い鳩が飛んでいた。二人の門出を祝福するクラッカーの音がガラス越しにでも聞こえてくる。そのクラッカーの音にも負けないくらいの嫁の罵倒の数々。私は「神父様に聖水を振りかけてもらっても、嫁のこの性格は直りそうもないな…」と思ってしまうのであった。 まぁ逆に聖水をかけられた途端「グオオォ」とか言って苦しみはじめたら、それはそれでまた別の問題になってくるのだが…。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「ハイ、多分誓えます。と神父さんに言っておけばよかった」
と、一言いっておきたい。
完