
「悲惨の極地」
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「あぁ〜、ちょっと呉くん。いいかね。」 「は、はいっ、なんでしょうか。」 もうすぐ昼休みのチャイムが鳴るというのに、恰幅の良い部長がいきなり私を呼びつけた。 「最近、何か成果は出せたかね。」 「いや〜、姫路は全然いい話がないです。困ったもんです。」 「ないですって君。えらく呑気に構えてるじゃないか。なんだね、キョロキョロして。みんなが昼休みで出ていくのがそんなに気になるかね。」 「いいえっ、全然そんなことないです。」 「この前もだ、会社に中途採用の問い合わせ電話があったそうだよ。チョメチョメ大学出身の。世間さんには優れた人材がゴロゴロいるんだよ。」 「チョメチョメ大学…。さ、採用するんですか? 入れ替えとかあるんですか? ふるいにかけられるんですかっ?」 「なに涙目になっているんだね。会社で泣かれても困るのだよ。いやそのなんだ。君は「いいですよ。採用してください。営業力では負けませんから」みたいな覇気はないのかね。この時点で君は既に負けているじゃないか。」 「部長…。」 「そんな目で見られても困るのだよ。そりゃ個人的には君の事は大好きだ。忘年会でもどうだ。課長が休みなのをいいことにホレ、君のあの課長のモノマネ。あれは最高だった。まるで憑依したかのようだったよ。今でも思い出し笑いするくらいだ。」 「あっ、ありがとうございます。」 「いや、そんなことで礼を言われても困るのだよ。呉くんのプロセスは充分認める。しかし上は結果しか見ないのだよ。数字を出さねばいけないのだよ。「宴会芸」だけでは君のことを守り切れんのだよ。それでだ、数字が出てなければだな、昼休みを惜しんで市場調査をするとかだな。ワシは昼休みを休むなとは一言も言っとらんからな。その日頃の姿勢の問題とか、会社に貢献する前向きな姿勢とか…。」 部長の念仏のように延々続く話は、途中から全然耳に入ってはいなかった。残りの昼休みで食べた姫路ではお馴染みの大衆食堂「たいこ弁当」のじゃこ飯セットと100円ラーメン。いつもなら貪るように食べるのに、この日だけはなかなかノドを通らなかった。
※ 「ただいまぁ〜っと。アンタが子守りを引き受けてくれたから、久しぶりにゆっくり買い物ができたわ。それで頼んだことは全部してくれたんか?」 「当たり前やがな。完璧や。」 嫁はパンパンに膨れ上がったスーパーのナイロン袋5、6個を楽々とテーブルの上に置く。この総量は初心者のバーベルよりも絶対に重いと思う。 「子供達にもちゃんと昼ご飯を食べさせたんやろうなぁ。ってアンタ、なんじゃこれはーっ。」 洗い場を目にした瞬間、嫁の信じられないくらいに大きな声が県住の狭い台所に響き渡った。 「なんじゃこれは、って冷蔵庫に冷凍のピラフがあったから、その上にボンカレーをかけてやったんやがな。子供達全員大ウケの大満足やがな。」 「そうだよ。パパの作ったピラフカレー、とっても美味しかったよ。」 長女ちゃんがすかさずフォローを入れてくれる。 「アンタはなんちゅうことをしでかしてくれるんじゃ。その頭は飾りか。ピラフはピラフ、カレーはカレーやがな。二日分の食費をどないしてくれるんじゃ。耳揃えて返さんかい。」 「オマエ、よくそんな事を言えるなぁ。俺は台所に立ったことないのに一生懸命作ったんやぞ。食費を返せとはどういうこっちゃねん。」 「一から百まで説明せなアンタは何もできんのか。洗濯の方は大丈夫かってアンタ、なんじゃあれはーっ。」 台所からベランダを見た瞬間、嫁は信じられない奇声を発した。それはもう自治会長から苦情が来そうなくらいのデカイ声で。 「アンタは見たことないんか。あの輪っかに洗濯バサミがぶら下がっているやつは、普通靴下とか干すもんやろう。なんでTシャツがぶら下がっとるねん。あれじゃあ乾くもんも乾かへんやろ。何を考えて生きとるんじゃ。」 「オマエ、よくそんなひどい事が言えるなぁ。俺は洗濯なんて干したことないんじゃ。天気良かったから、ぶら下げてたらなんでも乾くやろ。」 「輪っかにズラーっとTシャツなんか干して、県住中のエエ笑いモンじゃ。一から千まで説明せなアンタは何もできんのか。」 確かに嫁の希望通りの手伝いはできなかったかもしれない。それでもまず最初に「ありがとう」の一言が大事だと思うのだ。そして間違いを優しく指摘していくのが正しいコミュニケーションだと思うのだ。 ああっ、今オレ良いこと言った! 「まあ、完璧には全部できんかったけどな。でも、オマエに言われる前にオマエが帰ってきたらすぐ風呂に入れるようにもう沸かしてやったぞ。気が付く夫やろう。」 「な、何時に沸かしてくれたんじゃ。」 「4時や。」 「ホンマ一体なにさらしとんるんじゃ。そんなことしたら7時に入るときにもっぺん沸かさなアカンやろ。なんで無駄なガスメーターをクルクル回すんじゃ。オマエはガス屋かっ!」 私のお手伝いは全滅のようであった。一生懸命頑張ったのに、なぜ説教ばかりなのか。嫁の形相からすると「あわよくばお駄賃を」という考えは論外のようである。 「一から億まで説明せなアンタは家のこと何もできんのか。アンタがいっちょ前にできるんはマックだけか。そんな調子で会社は大丈夫なんか。会社でうだつは上がっとるんかい。」 「あ、上がっとるわい。し、失礼なこと言うな。」 言いながら私は虚しい気持ちでイッパイになってしまった。うだつの上がらなさは、ここのところ飛ぶ鳥を落とす勢いである。何故こうなってしまうのか。私に残されたセリフは「生まれてすいません」だけなのか。嫁は不機嫌なまま子供のオモチャ箱を蹴飛ばしベランダに行ってしまった。その時、長女ちゃんの縄跳びが床に跳びだした。それは丁度、先の方で輪を描いていた。 まるで首をくくれと言わんばかりに…。 |
これを読んでいる独身者諸君。ここはぜひ心して耳を傾けてほしい。
「家事を自己流のまま結婚するとケンカになります」
と、一言いっておきたい。
完